平均年収2千万円、利益率50%以上「キーエンス社」強さの秘訣とは?

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池谷 卓
中小企業診断士

約30年以上にわたり、素材メーカーに勤務し、国内外の生産設備・ライン
設計・保全や生産拠点運営、新事業開拓、経営企画、DX推進等を経験。2023年に中小企業診断士として登録。

今回ご紹介するのはFA機器を開発・販売している会社、キーエンス社について書かれた「キーエンス解剖」著者 西岡 杏(株式会社日経BP)という書籍からです。

皆さんにとっては、平均年収2,000万円以上のとか、営業利益率50%以上の会社と言った方がわかりやすいかもしれませんね。

1972年に創業した同社は、現在国内外でビジネスを展開しているグローバル企業となっていますが、その基盤は創業後間もない中小企業の時期に培い・強化してきたようです。

本書では、社員やOBの方への聞き込みを基づいて、同社が成長する原動力となった経営理念、ビジネスモデルやビジネス戦略それを支える仕組みや人材など、同社の強みについて明らかにしています

ここでは、そのなかから、中小企業の経営者の方や社員の方の参考になると思われる点を選び、ご紹介させていただきます。

目次

本当のお客様はだれですか?

本書は先にも述べた通り、同社のビジネスを成長させる源泉になった同社の強みを扱っています。そして、それは会社の風土とか文化や資産(例えば、メンバーの能力、設備、システムと言ったもの)などに大きく影響を受ける事と、ビジネスを成功させるためには必ず考え・行動しなくてはならない事に分類できます。

例えば前者については、「時間チャージ(付加価値額を社員数で割ったもの)一人当たりの」を全社員で共有して、それを念頭において仕事に取り組むというものがあります。

しかし、これは、全社員が同社の経営理念にある「最小の資本で最大に付加価値」をきっちり理解できているから実行できるのであって、それを他社が取り組んだとしても、「仏作っても魂入れず」の状態になるのは目に見えています。

一方、後者の代表としては、「本当のお客様にアプローチする」と言うことがあります。これは、どんな企業にもある言い古された考え方ですが、企業規模、文化や資産などに関係なく実現しなくてはならないことだと思います。

先にお話しした通り、キーエンス社のビジネスは製造現場において使用される、FA機器の開発・販売です。顧客会社の設備や研究開発に関係するエンジニアが、カタログなどを使って同社の製品を選び、調達部門が発注し、その後同社から発送された製品は顧客の調達部門で検品され、製造現場や研究開発部門に据え付けられて使用されることになります(詳細下図参照)。

FA機器設計~据え付けまでのフロー、関係者権限概略図

20年以上も前に設備設計エンジニアとして働いていたころ、大抵のFA機器メーカーの営業担当者や開発者は、私の様なエンジニアを訪ねて、カタログを使って機能説明などを行い、設備設計エンジニアを集めた説明・体験会を開催していました。

しかし、キーエンスの営業担当者は、本書にもあるように、設備設計エンジニアではなく製造現場を訪問して、製造現場のエンジニアの課題を聞き出してコミュニケーションを重ね、必要とされるセンサーなどFA機器を提示すると同時に、その機器を貸しだししたりしていました。

当たり前ですが、現場の課題を一番理解している人は誰なのか?センサーなどFA機器の予算を握っているのは誰なのか?を考えれば、それは、「製造現場のエンジニア」なわけです。

営業担当者は、その本当の顧客に接触して、彼らが期待している以上のソリューションを提供することだけを考え、行動すれば良いわけです。このような行動によって、本当の顧客の課題を知ることができて、その顧客が満足できるソリューションを提供できるのですから、受注確率は上がりますよね。

しかも、この営業手法は、人間は例え借りたモノであっても後ろめたさを感じて、手放すことがもったいなくなる行動心理学でいう「保有効果」をうまく使っていますので、そのことにより更なる受注確率押し上げ効果が期待できます。

お客様が喜ぶことは何ですか?

本書によれば、同社は商談のレベルを上げるために営業部員はロールプレイを行っているとか、ニーズの裏のニーズ、つまり真のニーズを探るためにニーズカードを活用したりすることでなど、一見すると同社側からの視点の活動の記載があります。しかし、この活動の真の価値を受け取って喜ぶのは、お客様です。

他社の場合には、ロールプレイで「難しい質問に即答できずに怒られた」とロールプレイ自体が目的になっているようですが、同社の場合は、ロールプレイは「顧客の希望を聞き取って、最終的に稟議に向かう通り道である」と考えている様です。

営業と顧客は、「通り道」つまり「ストーリー、物語」の中の登場人物と考えているのだと思います。そのように考えると、お客様にはお客様としての役を気持ちよく演じてもらう方が良いわけです。

ところが、難しい質問に即答できることは、時としてお客様の役割を奪ってしまう様なこと、つまりお客様が気持ちよく役を演じられない事になる可能性があります。

難しい質問に即答よりも、お客様の話をお聴き(お聞きではない)して教えていただく、そして、その背後にあるお客様のニーズを明確化するお手伝いをして、お客様にそれを適切に説明します。

次に、そのニーズを実現するためには、同社が提供するソリューションで解決できると提案すると、大抵のお客様は、高い満足感とともに喜びを感じる様になります。(本書では、このようなコトを「機能的な価値」提供ではなく「意味的価値」と表現しています。)

お客様の夢を実現する営業物語

ここまでを聞いて、「素晴らしい・良い営業戦略だ!」で終わっても良いと思いますが、もう少しお付き合いください。

この営業物語を完成させるためには、無力化しながら支援を得なくてはならない人物がいました、それは設備設計エンジニア達です

FAの世界では、購入時だけでなくその後の保守を念頭において機器の選択することが一般です。FA機器市場は先行する競合が多く存在していますので、同社のFA機器(センサーなど)が良いと言っても、設備設計エンジニア達は前例に従い保守エンジニアなどの意見を尊重する傾向から、直ちに同社のFA機器に飛びつくことはありません。

こんな状況の中において、「その後の展開を有利に進めるために設備設計エンジニアとコンフリクトを起さずに、どのように機器選定フローにおける彼らの力を削ぐのか」と言う命題にぶつかります。

同社の営業戦略はこの命題を見事に解決し、その後の事業戦略にも大きな果実をもたらしました。

それは、彼らが、社内顧客である製造エンジニアが課題解決に必要と言っているので、それを無視することはできない、だから採用しよう思うだけでなく、しっかりエンジニアとしての葛藤に折り合いをつけ、自らのプライドを傷つけることなく、むしろ自分も選定に参加したのだと言う肯定的な気持ちを持ちながら、同社の製品を採用させる効果がありました。

このことにより、同社のFA機器の採用が進み、その後は設備設計エンジニア達とのコミュニケーションも構築・進展することで、センサーだけでなく製造ラインの制御さらには開発側への参入することに成功しました。

その後、さらにエンジニアリンチェーン全体へのソリューションの提供を始め、現在ではマーケティング、営業側のサプライチェーンにも進出しており、バリューチェーン全体へのソリューション提供の巾を広げながら、彼等、専門家を味方につけてより高度な顧客のウオンツ(≒ニーズの裏のニーズ)を引き出すことに成功し、他社にない差別化された製品・ソリューションの開発・販売を実現しています。

まとめ

 今回は、キーエンス社の強みのうち、ビジネスを成功させるためには必ず考え・行動しなくてはならない事に注目して、それらを「本当のお客様は誰ですか?」「お役様が喜ぶことは何ですか?」、そして「お客様の夢を実現する営業物語」としてご紹介させていただきましたが、いかがでしたでしょうか?

 私は、自らの経験も含めて、同社が目指しているのは「お客様の夢を実現」であり、その根底にあるものは、お客様の夢の実現するために、「当たり前」なことを当たり前に取り組んでいるのだと、そして同社がグルーバルで成長し続けていることを考えると、それはグローバルでもビジネス成長の源泉になるのだと、改めて認識することができました。

同社はすでにグローバル企業になっているので、自分達にはできないと思われる方もいらっしゃいますが、今回ご紹介したことは、同社がまだ中小企業であったころから同社のDNAとして伝承・強化していることなので、皆さんの会社・組織においても取り入れられるのではないかと思います。

今回のご紹介が皆さんのビジネスにおいて、少しでもお役に立てていただければ幸いです。

今回の書籍

キーエンス解剖

著者 西岡 杏  株式会社日経BP

執筆者

中小企業診断士
技術士

約30年以上にわたり、素材メーカーに勤務し、国内外の生産設備・ライン
設計・保全や生産拠点運営、新事業開拓、経営企画、DX推進等を経験。2023年に、中小企業診断士として登録。

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