2025年のパラダイムシフト 井深大の箴言
池谷 卓
中小企業診断士
約30年以上にわたり、素材メーカーに勤務し、国内外の生産設備・ライン
設計・保全や生産拠点運営、新事業開拓、経営企画、DX推進等を経験。2023年に中小企業診断士として登録。
2025年のパラダイムシフト 井深大の箴言
著者 豊島 文雄 ごま書房新社
近年目を見張る収益改善・成長を見せているソニーですが、21世紀に入ってから6回の最終赤字を計上していたことをご存じのみなさんは、この復活に驚くと同時に「どうして?」と疑問を持たれていることと思います。もちろん、直接的には事業戦略などにその原因を求めることはできると思いますが、ここではソニーの創業者である井深 大(いぶか まさる)氏の言葉に注目してみたいと思います。
井深氏はご存じの通り、終戦間もない1946年に盛田昭夫などとともにソニーの前身である東京通工業を創業した、ソニーの創業者でイノベーターです。ウオークマンの開発秘話は、井深氏のイノベーターぶり表す話として有名です。
ウオークマンは井深氏が海外出張の際に、既存商品の録音機能を取り除かせてステレオ回路を追加した小型テープレコーダーを用意させたことがきっかけで、世に出て大流行しました。その流行は当時の若者のライフスタイルも変え、社会に対してソニーはイノベーティブな会社であることを、改めて強く印象付けるきっかけになりました。
井深さん、「パラダイム(Paradigm)ってなんですか?」
すでに多くのみなさんは、パラダイムシフトという言葉をビジネスのなかで又はプライベートにおいて、何度かお聞きになっていると思います。中には、「私の会社はパラダイムシフトを起こしたよ」と、おっしゃる方もいると思います。“パラダイム”は元々ギリシャ語で、モデル、典型とか模範を表す単語が語源だそうです。これだけ聞くとわかったような、わからないような感じですよね。
私自身は、IT系コンサルタントを中心に、「世の中はデジタル化やAI化が進み、デジタルトランスフォーメーションを推し進め、このパラダイムシフトに乗り遅れないようにしないといけません」と言われることが、近年多いのですが、その時に「パラダイムシフトって言われても、それなに?」と思うことが多く、結局ごまかされたのかなって感じなのです。
21世紀になる約10年前、1992年1月24日、新高輪プリンスホテル。ソニーが年一度国内外の部長以上を一同に会して行う「マネジメント合同」で、井深さんは、出席者に対して「パラダイム」に関する話をしました。それはまさに私たちの疑問に対する回答ともいえるものです。
当日、会の中では「ニューパラダイム」の話がなされていたのですが、それに対して井深さんは、まず「今日、皆さんの話を聞いていると、これはパラダイムの話じゃないんですよね。」と言い切ったそうです。
その後、パラダイムとは、「大衆の人全部が全然信じて疑わないこと、これがパラダイムなんですね」と話をしながら、しかしパラダイムとは決して真理でもなければ、永久にそれが続くわけでもない。とも説明しました。
そして、私たちはいまだに朝になれば、東から太陽が出て西に沈むと言うことを平気で言っているくらいに、天動説のパラダイムはいまだに生きている、つまり、「大衆の人全部が全然信じて疑わないこと」であると話したようです。
当日、“デジタルだ、アナログだ”との話があったようですが、これも井深さんの説明に照らし合わせれば、パラダイムとは到底言えないということで、井深さんは「単なる道具に過ぎない、技術革新に入るか入らないかくらいのこと」であると言い放ったのです。
この話を聞いて、先ほどのコンサルタントの説明を考えてみると、デジタル技術を利活用するなんてことはパラダイムには全く入らない、パラダイムはトランスフォーメーションを指していると理解ができますね。
しかし、今までこの点をちゃんと説明できるコンサルタントには会ったことはありません。それは当然でして、パラダイムを語るためには、地動説を提唱したコペルニクスくらいの発想ができないといけないのですから、なかなか難しいことですね。
パラダイムは理解できたので、次に21世紀におけるパラダイムについて、井深さんは20世紀の終わりになんと言っているのかみてみましょう。
井深さん、「21世紀のパラダイムって何ですか?」
皆さんは、毎日インターネットを使って情報を検索、発信、受信又は創造したりしていることと思います。中にはChat-GPTなどの生成AIを使いこなしているって方もいるのではないかと考えます。それらは、想像もできなかったほどの素晴らしい価値を生み出すこともあれば、逆に大きな損失を作りだすリスクもはらんでいます。しかし、現代を生きている皆さんはそれを理解して、自身の生活や人生を豊かにするために積極的に利用しています。
現在(1992年)は、モノを中心とした、ニュートンやデカルトが築き上げた「科学的」に騙されて(パラダイム)、科学が万能になっている。井深さんは、このように当時の物質主義の世界を表現して批判しています。
この以前にも、モノを中心とする文明や経済に対する反省する風潮はありましたので、その点においては井深さんの話に驚きは少ないのですが、モノを中心とする文明や経済を「科学」や「科学的」という言葉に置き換え、抽象化して表現しているところは凄い方だなと思います。
続けて、「今日の経済もソニーの繁栄もその騙されたパラダイムの上に立って出来上がった」ものだと思うと言っています。つまり、“21世紀のパラダイムはこれを破壊して、新たなパラダイムを構築していかなくてはいけない”ってことになりますね。
そして、20世紀までのパラダイム打ち破って21世紀のパラダイムを打ち立てるキーは、モノと心、人間と心と言う表裏一体の自然な姿を考慮することだそうです。
ソニーが顧客を満足させるモノを作るとは人の心の問題であって、ソフトウエアがはいってきて人の心的なものが表現できるようになっているけど、ソフトウエアと言っているとわからないので、それは単刀直入に人間の心を満足させると考えていかないといけないと….説明していたようです。
ウオークマンは、顧客の「歩きながら音楽を聴きたい」をハードウエアによって満たすことができたからこそ大ヒットしました。しかし、もし当時にインターネットやWebなどのソフトウエアがあれば、「いつでも、どこでも自分の好きな音楽をアレンジして聴きたい、友達ともシェアしたい」と言う、より顧客の心を満たすモノになっていたのかもしれませんね。
まとめ
今回はパラダイムと言う少し難しいお話をさせていただきましたが、井深さんの言葉からその本質を非常にシンプルなこととして、ご理解いただけたのではと思います。
パラダイムをご理解いただくことも大事なのですが、それよりも現在を正とせずに、先を見越して現在利益をもたらしている企業の基礎でさえも変更や置き換えをして対応することを、企業の経営者だけでなく部課長レベルの中間管理職が考えていかないと、時代の波に取り残されてしますことを示唆しているのではないかと思いました。
また、井深さんの発言からは、複雑な考え方を多くの人に拡散するためには、その事柄を文脈から独立させて本質的に抽象化する能力をもっておくことが大事であることを知ることができました。
それにしても、一般的にインターネットが発達していなかった1990年代初頭に21世紀を見越して、21世紀のパラダイム(大衆の人全部が全然信じて疑わないこと)を考えていたことは驚くばかりです。
最後に、今回のお話が少しでもみなさんのビジネスの発展の一助になることを願って、ペンを置かせていただきます。
今回の書籍
2025年のパラダイムシフト 井深大の箴言
著者 豊島 文雄 ごま書房新社