【急な事業承継の成功事例】先代急逝による慢性的赤字状態からのV字回復!その秘訣とは?(後編)
渡邊 賢司
中小企業診断士
株式会社3Rマネジメント 代表取締役
株式会社IoTメイカーズ 代表取締役
約15年にわたり、事業再生支援等に従事。100社以上の中堅・中小企業に対し、事業再生スキーム構築、経営改善計画作成支援、伴走支援、金融機関交渉等を行ってきた。東京都中小企業再生支援協議会での事業デューデリジェンス業務にも多数従事。金融機関向けや税理士向け研修講師等も多数実施。
2016年に小中学生向けプログラミング教室等を運営する(株)IoTメイカーズを設立し、中小企業経営者としての顔も持つ。同社では、6年間で5つの新規事業を立ち上げた。
前回の前編では、先代が急逝し、慢性的な赤字状態に陥り、後継者が経営改善を図っていく手段と覚悟を決めたところまでをお伝えしました。今回の後編では、具体的にどのようなアクションをとってV字回復していったのかを見ていただきたいと思います。
▼ 前編はこちら
事業継承で見えてきた課題解決に向けたアクション
前回、「あるべき姿」と「現状」とのギャップを見える化し、収益向上のために行うべき施策の全体像をまとめました。そして、そのアクションプランを具体的に実行していくこととしました。
具体的には、車両(トラック)別や、運送ルートごとの売上と原価を全て一覧表にすることから始めました。運送業の原価は、ドライバーの人件費、車両のリース料や減価償却費、高速代、保険料など、運送に関する費用は全て入っています。
一方で、当社の販管費は、役員報酬(役員は社長のみ)や本社事務所の賃借料などが主な費用のため、管理はしやすいと言えます。従って、運送原価の把握・管理がしっかりとできれば、利益目標も立てやすいのです。車両ごとの売上から運送原価を差し引いたものが売上総利益となります。
さらに、販管費を按分して車両ごとに配賦し、売上総利益から差し引くと営業利益が出ます。販管費の按分は、走行距離や積載量、稼働時間などを加味して行いました。その上で、過去の営業利益を算出し、実態を見える化しました。
これを全て算出してみると、あることが分かりました。数量に単価をかけて売上を請求している取引先の車両は、数量の減少に伴って、売上総利益が大幅にマイナスに陥っている車両もありました。また、数量が減っている車両は、積載率や稼働時間が減少し、遊休時間が多いことも分かりました。
当社は、毎月一定時間の残業をしているとみなして、給与に固定残業代を加味して支払っています。従って、法定時間の8時間以内で業務を終了している車両もあり、固定残業代が無駄になっていました。
一方で、1日あたり定額料金で売上をもらっている取引先の車両は全て、一定の利益を計上できていたのです。
現状が分かったところで、会社全体としての営業利益目標を検討し、それを実現するために車両別の売上目標を立てることにしました。取引先との交渉に際し、提案書には、現在の実情と要望を次のように盛り込みました。
- 売上総利益が赤字状態であり、このままいくと当社自体が倒産の恐れもあること
- 車両ごとの過去の売上・原価実績推移をみると、数量が減少しているルートが赤字に陥っていること
- 毎日少量のみ配送している先が比較的多くあること
- 売上総利益が大幅に赤字になっている車両については、数量ベースではなく、1日ごとの定額にして欲しい
- 配送に関して、1日あたりの配送量が少ない先に対しては、日にち間隔を空けて、まとめて配送する。それによって、配送日を減らすことが可能になる
- 弊社も定年退職後の再雇用(嘱託)人員の勤務日数を調整し、配送日が減ってもコストアップにならないよう経営努力を行う
提案書が完成したところで、いよいよ取引先との交渉に臨むこととなりました
事業継承者である経営者の覚悟と取引先への価格交渉
経営者としての覚悟
売上総利益が赤字になっている車両がある取引先は1社だけです。しかし、その1社の売上は全体の約半分であり、交渉により取引停止となれば、全体の売上も半減となります。経営者としては、慎重な対応と相当の覚悟が必要となります。しかも、交渉があまり得意でない当社の社長にとっては、非常に大きな試練です。当然のことながら、社長も交渉をするべきかどうか逡巡していました。そこで、社長とコンサルタントが話したのは次の内容です。
- 現状での更なるコスト削減には限界がある。例え交渉しなくても、今のままでいけば、毎年2千万円以上の赤字を継続することになる。手元の現預金を考えても1年持たないのではないか。
- メインバンクであるA銀行も、赤字が継続する中、これ以上の融資は難しい。ましてや、返済を猶予してもらっている状況で、新規融資はまず出ない。
- このまま交渉しなくても、いずれ資金が詰まって倒産になる。交渉が破談になり、売上が半分になっても、人員整理やその他、事業のダウンサイジングを行えば、すぐに倒産ということはない。
- 諸葛孔明の言葉を借りれば、「座して死を待つよりは、出て活路を見出さん」の方が良いのではないか。何もしないで倒産を待つより、行動して選択肢を残した方が良いのではないか。
取引先との交渉
上記のような話を1ヶ月ほど繰り返し行いました。その結果、社長も覚悟を決め、いよいよ取引先との交渉に臨むことになりました。
取引先との交渉に臨む最初のポイントは、相手より人数的に有利に持ち込むことでした。相手は担当者と、担当部長の2人が出席することが予想されたため、こちらは3人で臨むことにしました。社長、配車担当、コンサルタントの3名です。当然、1回で上手くいくとは思っていませんので、まずは当社の実情と要望を前述のとおりにまとめた提案書に基づき交渉することにしました。
また、当社の要望ばかりを押し通しても、交渉は上手くいかないので、客観的な資料も用意しました。例えば、数量ベースでは赤字になるルートは、1日あたりの定額にしてもらうために、国土交通省が出している「運賃のあり方」や「トラック輸送の標準的な運賃」などの客観的な資料も参考にしながら、設定をしました。
また、過去の取引の経緯や推移、取引先にとってのメリット・デメリットも提示しました。運送業界は、近年、慢性的なドライバー不足にあります。3Kと言われるような業種、業態は、特に人が集まりにくい状況です。
そのような中で、当社が取引先から運送品質に関して、一定の評価を得ているのは、先代の影響もあります。先代は、創業当初から、従業員と家族のように接し、経営を行ってきています。給与も同業他社より若干高めであり、また業績好調時には決算賞与を出すなど、報酬・福利厚生面でも同業他社より高待遇を図ってきました。
近年は赤字が続き、賞与等も出せていませんが、先代が亡くなってからも従業員の定着率は、比較的高いと言えます。また、先代からサービス品質に関して、一貫した教育を行なってきていたため、取引先からの好評価をもらえているのです。
取引先にとって、この点はメリットであるのに対し、運送会社を変更するとなると、ドライバーのサービス品質や事故、過積載問題などにおいて新たな不安を抱えるというデメリットもあります。丁寧にそのあたりを説明し、当社の要望を了承してもらえるよう交渉を行いました。
事業継承を通じて経営者としての成長した
社長自らの本気度と涙
当然、1回目の交渉は、取引先も検討するということで終わりました。しかし、同席していた担当部長は、怒りをあらわにしていました。当社の経営努力が足りないと非難も受けました。それでも、粘り強く交渉し、値上げを勝ち取らなければ、当社の存続はかないません。
2回目の交渉では、取引先も役員が数名出てくる事態となりました。前回と同じように、提案書の内容を丁寧に説明しましたが、なかなか良い返事はもらえません。逆に、取引先からは、「値上げ交渉をされたのでは、長年の信頼関係が崩れてしまう。今後の取引継続も危ういかもしれない。」と脅しをかけられました。相手も一歩も譲らないといった表情でした。
場が静まり返る中、社長が突然「そんなことを言われたら,うちの会社は倒産してしまいます。」 とボロボロと泣き始めたのです。2回目の交渉は、それで一旦打ち切りとなり、その後も面談を重ね、交渉を続けました。
最終的にはこの時の涙が決定打となり、当社の要求を認めてもらえ、値上げが実現しました。社長は、不退転の覚悟で臨み、この交渉が破談になってしまうと、自身だけではなく従業員が路頭に迷ってしまうと思い、必死に交渉を重ねました。その本気が流させた涙だったのかも知れません。
大人がビジネスの場で、涙を流すなど、誰もが恥ずかしいと思うでしょう。しかし、交渉の場で喜怒哀楽を出すことは、相手の感情に訴え、交渉を有利に進める武器にもなります。相手も大企業といえども、1人の人間です。損得や経済合理性で組織は判断するべきですが、人間としての情も当然持ち合わせています。そういった意味では、非常に良い交渉だったのではないかと思います。
もちろん、当社側の内部で、事前に「泣いてでも説得しましょう」 などと打ち合わせていたわけではありません。社長の判断による本気、かつ自然に出た涙だったのです。だからこそ、相手の心を動かしたのだと思います。
経営改善計画の策定と実行による経営者としての成長
また、当社の場合、同時並行で、コンサルタントと一緒に、金融機関に提出する経営改善計画を策定することになりました。先代の急逝により、後継者教育や事業の引き継ぎなど、社長へは何も引き継ぎがなされていませんでした。そのような中、経営全体を俯瞰し、経営課題の洗い出しと優先順位付けを行うことは、まさに後継者教育そのものでした。
また、それを実行していきながら、PDCAサイクルを回していくことは、業績改善とともに、社長としての成長につながりました。前述の図表のように、収益改善のための施策をモレなくダブりなく洗い出し、誰が何をいつどのように(5W1H)実行していくかを決めました。
企業が経営改善計画を作成することは、このように社長含め全員がやるべきことのアクションプランを浸透させるためにも重要です。
事業継承を終えて、次に挑む持続可能な成長への道
改善施策の中でも運送業において重要なのは、内部管理体制の強化です。また従業員のモチベーションアップや教育体制の充実など、インターナルマーケティングが重要です。インターナルマーケティングとは、企業が従業員に対して行うマーケティングのことです。
従業員が仕事に誇りを持てば自然と質の高いサービスが提供されるようになり、顧客満足度を高めることができます。結果、リピーターが増え、最終的には企業の利益につながるという考え方です。
先代は、持ち前のリーダーシップを発揮して、勘と経験で、このインターナルマーケティングを実践していました。しかし、後継者は、そういうわけにはいきません。従って、中長期的に、このインターナルマーケティングを実践するための仕組みを構築していくことにしました。
具体的には、荷主である取引先へのサービス品質向上のために、ドライバー教育の実施、職場ミーティングの定例化、目標管理制度の導入、小集団活動の実施を行っています。
例えば、ドライバー教育に関しては、社会人としての挨拶、マナーから始まり、事故減少、燃費効率向上のため、全国トラック協会の運転技術コンテストに参加するなど、仕組み化していっています。
職場ミーティングや小集団活動に関しては、毎週一回定期的に情報共有を行うことにより、工事等による渋滞情報や事故の多い交差点情報、配送先が荷主企業に抱いているニーズなど、さまざまな情報を共有・フィードバックしています。今後も社内の業務効率化だけではなく、顧客である荷主企業への付加価値提供により当社の競争優位性に繋がるような仕組みを構築していく予定です。
運送業は、装置産業です。従って、トラックへの設備投資を定期的に行うことが必要であり、また規制の強化等があれば、多額な投資金額が発生します。投資を賄うためには金融機関からの借入が必要不可欠であり、その返済には安定した利益計上が必要になります。そのような業種特性を社長も理解し、早く、金融機関との取引を早く正常な状態に戻せるよう日々努力しています。
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