【急な事業承継の成功事例】先代急逝による慢性的赤字状態からのV字回復!その秘訣とは?(前編)
渡邊 賢司
中小企業診断士
株式会社3Rマネジメント 代表取締役
株式会社IoTメイカーズ 代表取締役
約15年にわたり、事業再生支援等に従事。100社以上の中堅・中小企業に対し、事業再生スキーム構築、経営改善計画作成支援、伴走支援、金融機関交渉等を行ってきた。東京都中小企業再生支援協議会での事業デューデリジェンス業務にも多数従事。金融機関向けや税理士向け研修講師等も多数実施。
2016年に小中学生向けプログラミング教室等を運営する(株)IoTメイカーズを設立し、中小企業経営者としての顔も持つ。同社では、6年間で5つの新規事業を立ち上げた。
リスク管理の必要性:急逝と事業承継の現実
事業承継の準備をしないまま、先代が急逝し、経営が傾くと言う事例は、割と頻繁に見られます。人間誰しも、自分が急に死ぬとは思っていないですし、高齢であっても、まだまだ元気で仕事できると思っている方は非常に多いのではないでしょうか。しかし、人は、いつ病気になったり、事故に遭うか分かりません。
中小企業庁が発行している「事業承継ガイドライン」を見ると、小規模企業では約3割が、先代の死去によって事業を引き継ぐことになったというデータもあります。何も準備をしないまま、先代の突然の急逝で事業承継を迎える企業は、比較的多いのです。
【図表:先代経営者の死去による事業承継の割合】
出所:「事業承継ガイドライン(令和4年3月改訂」(中小企業庁)
何事もいざというときの準備はしておくべきです。事業承継に限らず、リスク管理をすることは、経営にとっては非常に重要なことです。事業承継も中小企業にとっては、非常に重要なリスク管理だと言うことを本事例にて、是非理解してもらえればと思います。
今回は、私が支援してきた企業の事例を一つ、ご紹介したいと思います。
本事例企業は、先代の急逝による事業承継で経営状況が悪化し、後継者と一緒に伴走しながら経営改善を行なった事例です。
先代の急逝による事業承継
本事例企業は、年商約5億円の運送業でした。従業員数は40人弱で、ほぼ全てがドライバーです。先代が創業した会社で、業歴40年近くの会社になります。設立当初から大手食品製造業である上場企業3社と運送取引を行ってきました。取引は40年にも及び、安定した売上を計上してきています。
先代は、運送業の社長によくある親方的な存在で、自身もドライバー出身でした。従業員の面倒見もよく、「俺について来い」というタイプの創業者で、業績も比較的順調でした。
後継者である長男は、保険会社に少し勤めた後、30歳ぐらいで当社へ入社し、経理を任されていました。5年程度、社長と経理担当の長男という関係性で、会社を経営していましたが、先代がまだ60代前半というのもあり、事業承継に関しては全く準備をしていませんでした。そうこうしているうちに先代が急に倒れ、急逝してしまったのです。
事業の引き継ぎを全く受けていなかった長男は、その後大変な思いをすることになりました。取引先と会ったこともない後継者は、いきなり値下げ交渉を余儀なくされます。
経理担当といっても、入力業務や事務仕事が中心だったので、決算書の読み方さえも分かりません。税理士も、先代が創業の頃からお願いしている高齢の方で、有効なアドバイスももらえない状態が続いていました。
さまざまな要因が重なり、承継後は、一気に赤字に転落し、毎年の赤字は2千万円以上出ている状況でした。それを金融機関からの借入で賄うという日々が数年続いていたのです。また、従業員とのコミュニケーションも上手くいかず、辞める人も出てきました。
事業継承時に判明した慢性的などんぶり勘定と赤字体質
先代の頃も、業績は順調だったとはいえ、どんぶり勘定の経営でした。ただし、創業経営者によくあるのですが、損益管理をしっかりとしていなくとも感覚で採算が合うように取引先と交渉できる方がいます。先代もこのタイプの経営者でした。従って、長年、一定の利益を出し続けることができていました。
しかし、トラックの買い替えなどの設備投資が必要な際には、借入を実施するといった具合だったので、常に約3億円の借入がある状態でした。年間のキャッシュフローも2千万円ぐらいは計上できていたので、特段問題はなかったのです。
慢性的などんぶり勘定のため、後継者にも採算管理の意識を植え付けることができず、財務・経理部門が非常に弱い組織体制でした。取引先への営業や交渉、ならびに、従業員の管理やモチベーションアップも先代社長が自ら行うといった典型的なワンマン経営です。
そうこうしているうちに、先代が急逝しました。そして、長男が社長になってからは、取引先も徐々に価格交渉をしてくるようになり、値下げを飲まされるようになりました。荷物の量とkgあたりの単価で売上が決まっていましたが、荷物の量も段々と減少し、売上は下がる一方です。逆に、ドライバー不足で採用費も含めた人件費は年々上がり、トラックの価格も上がっていきました。
後継者自身は、人柄は良いのですが、いかんせん2代目です。事業承継に向けて何も準備もされていない状態で引き継いでいるため、何をすべきかも分かっていません。先代社長であれば,思い切った対策を取って苦難を乗り切ることができたのかも知れません。しかし、現社長はこのような状況にもかかわらず、取引先との交渉や新規取引先の開拓、リストラ等にも一切手を付けられず、なすがままの状態で数年間を過ごしてしまいました。
売上が下がる中、コストはどんどん上がり、遂に赤字を余儀なくされました。毎年2千万円以上の赤字を計上するに至り、苦しい資金繰り事情を金融機関の借入で賄う状態が続いたのです。結果、2億円の借入金は倍の4億円にまで増え、年商に近い水準まで膨れ上がったため、これ以上、金融機関も貸せないというところまで来たのです。さらに、毎月の返済額はキャッシュフローを大きく上回っている状態となり、資金繰りに窮することになりました。
事業承継時にまさかの金融機関から新規融資がストップ
メインの金融機関も、できる限りの支援を行ってきましたが、赤字が解消する見込みがない中で、融資を継続していくのには限界があります。しかし、赤字の状態で融資を止めてしまっては、資金繰りが破綻してしまいます。
当社の課題は、早急な営業利益の確保でした。そこで、経営コンサルタントの支援を受け、損益の改善を最優先に実行することを約束し、金融機関から1年の返済猶予を受けることになりました。
メインバンクは迅速に応じてくれましたが、返済猶予になかなか応じてくれない金融機関もいて、当初は難航しました。当社は、3つの金融機関から借入をしている状態でしたが、その比率は、A銀行:B信用金庫:C信用金庫が、それぞれ6:3:1でした。C信用金庫は、残高も非常に少なく、当社への貸出から撤退したいというのが明白で、A銀行に肩代わりをして欲しいと要求してきました。
金融機関は、通常、公正性と衡平性を重要視するので、このような申し出は受け入れ難いものです。C信用金庫の主張としては、A銀行がメインバンクとして適切な経営支援を行わず、新規の貸出を継続した結果、赤字が解消しない状態で借入過多に陥ってしまったというものです。
金融機関も営利企業ですので、自社の利益になるようなことを主張するのが当たり前です。一昔前は、メインバンクが企業を支援するべきだという業界の慣習のような考えがありました。従って、こういった主張をしてくるケースは、今でもあります。
結局、当社は、メインバンクである A銀行がC信用金庫の借入を肩代わりする形で貸し出しをし、取引金融機関2つで支援を行なっていくことになりました。
しかし、本当に大事なのはここからであり、早急に営業利益を確保していかないといけません。そのためには、売上の拡大、コストの削減が喫緊の課題です。そこで、コンサルタントの力を借りながら再生を行うことになったのです。
事業再生のための課題抽出と優先順位付け
運送業だけではなく、一般に改善とは、「あるべき姿」と「現状」とのギャップを埋めることです。運送業において、「売上増大」と「経費削減」という経営課題を考えてみると、収益向上のために行うべき施策の全体像は、図表のようになります。このように、あるべき姿のために、何をすべきかを分解していくと、具体的なアクションプランが 出てきます。
【図表:当社のあるべき姿に向けたアクションプランの整理】
再生・改善企業は、当たり前のことができていないケースが多いので、やるべきことがたくさん出てきます。当社のように急な事業承継を行なった企業はなおさらで、図表にあるようなあるべき姿へのアクションプランは、全くと言っていいほどできていませんでした。この中から優先順位をつけて実行していかなければなりません。
当社の場合は、最優先でやるべきことは、売上の拡大です。しかも、資金繰りを考えたら悠長なことは言っていられません。すぐに実行でき、売上拡大へ直接的につながり、インパクトが最も大きなものを選ばなければなりません。
売上を拡大するには、荷物の量を増やすか、単価を上げるかに分けられます。荷物の量を増やすには、新規取引先の開拓か、既存取引先からの配送量のアップを狙うしかありません。
新規取引先の開拓を行い、安定した取引にしていくためには、時間がかかるのは明らかです。また、当社の既存取引先である食品メーカーが、受注を受けている配送先はすでに全て任せてもらっています。つまり、既存の配送量を増やすには、荷主である食品メーカーが営業をして配送先を拡大していくしかありません。
運送業としての当社の立場では、それを一緒にやることも、側面支援することも無理があります。そうすると配送量を増やすという選択肢は、時間的に無理があったり、実行可能性にも疑問があります。
一方で、単価を上げるのはどうかと考えたところ、それには、荷主である取引先との交渉しかありません。しかも当社は、事業承継後、荷主からの値下げ要請を、何も対抗できないまま、受け入れざるを得なかったという経緯があります。
取引先が値下げ交渉をしてくるのなら、こちらも譲れない線をしっかりと交渉するべきです。でなければ、度重なる値下げ交渉でジリ貧になるだけです。
単価交渉を行うためには、どんぶり勘定をあらため、まずは売上と原価、粗利益(売上総利益)がどのような構造になっているかを把握しなければいけません。
原価が分からなければ、一定の利益を上げるために、いくらまで単価交渉するべきか分かりません。取引先を納得させるための提案資料を作らなければ、ただの子供の言い合いのようになってしまいます。従って、まずは早急にどんぶり勘定をあらため、売上に対する原価の把握を行い、見える化することから始めました。
(後編へ続く)
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