経営に役立つコーチング | Part1

執筆者
埼玉県上尾市中小企業サポートセンター専門家 中小企業診断士 堀口 英太郎

堀口 英太郎
中小企業診断士

埼玉県上尾市中小企業サポートセンター専門家
中小企業119専門家

製造業にて販売と生産管理、企画部門へ従事後、中小企業診断士の資格を取得。
「困ったときは堀口さんに相談すれば、助けてくれる」
ゼネラリストとしての社会人経験と幅広い人脈、豊富なコンサルティング経験から生み出された新規事業壁打ち・立ち上げ、各種補助金、助成金申請、実行支援等を行う。


本シリーズは二部制で、上記の動画は「Part.1」です。

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目次

はじめに

今回から、「経営に役立つコーチング」について3回にわたってお届けします。

コーチングという言葉を聞いたことがない方や、聞いたことはあるけれど詳しくはわからないという方もいらっしゃるかと思います。今回のシリーズを通じて、中小企業経営者にとっての「コーチングの意義」と、「コーチングを受けるメリット」についてお話しします。

コーチングの分野は非常に広く深いですが、この2点に絞って解説していきますので、ぜひご覧いただければと思います。

先行きが不透明な事業環境

皆さんにとっては既にご存じのことかもしれませんが、中小企業を取り巻く事業環境は年々厳しさを増しています。特に、新型コロナウイルスの大流行から3年が経ち、感染症の分類がようやく5類に移行したとはいえ、季節外れのインフルエンザの流行があり、私の周囲でもまだコロナウイルスに感染している方が多く見受けられます。また、これ以外にも新たな感染症リスクがいずれやってくると言われており、その可能性は高いでしょう。

その影響で、賃金を引き上げなければ人材が集まらない状況が続いています。そもそも賃金を上げても人手不足が解消されず、求人を出しても応募が来ない、採用に苦戦している事業者が多く見られます。

このような環境の変化は不可逆的であり、中小企業庁も「環境の変化は不可逆的」つまり元には戻らないとしています。コロナが落ち着き、感染症の分類が5類に移行したとしても、すべてがコロナ前の状態に戻ることはありません。働き方や価値観も大きく変わってしまいました。今後は、新しい時代に合わせて柔軟に対応していくことが求められます。

中小企業庁は、「企業は環境の変化に迅速かつ柔軟に対応する自己変革力が必要だ」と述べています。国も「環境の変化は不可逆的で元には戻らない」と明言しており、こうした変化に柔軟に対応することが求められています。

経営者の悩み

経営者の皆様が抱える悩みについてですが、私自身も中小企業診断士として、また個人事業主として事業を行っている立場から共感するところがあります。売上の確保、人材の確保と育成、さらには自分自身が経営者としてさらにステップアップしていくための課題—これらは常に頭を悩ませる問題です。私も同様に日々これらの課題に取り組んでおります。

少し古いデータですが、2020年度の中小企業白書では、70%の中小企業が人材や営業、販路開拓の課題を重要な経営課題として挙げています。これらの課題については氷山の一角に過ぎず、その根底にはもっと本質的な要因が隠れています。

例えば、「生産性向上」の課題については、その下にはコミュニケーションの問題や意思決定の遅さ、意思決定プロセス、目的の共有、役割分担、組織風土などの本質的な問題が隠れています。表面的には「生産性向上」という課題として見えますが、実際にはこれらの本質的な問題を解決しなければ、生産性の向上は実現しません。特に中小企業では、経営者自身がこうした本質的な問題の当事者であることも多く、ここを解決しない限り、対処療法に終始してしまうということを国も明示しています。

経営者が考えたいこと

経営者の方が考えるべきことは、日々の事業運営において緊急かつ重要な目先の問題に追われるだけでなく、本質的に取り組むべき課題にも目を向けることです。日常的には、緊急かつ重要な問題—お客様からの問い合わせやクレームなど—に追われがちで、これ自体は避けられないことですし、大切なことです。しかし、経営者が抱える悩みは緊急かつ重要なものに限らず、むしろ「緊急ではないが重要な課題」にもしっかりと取り組む必要があります。

実際に経営者の方と接していると、「目先の課題解決に追われてやりたいことがたくさんあるけれど、何をどうやったらいいのか分からない」「自分がいなくても会社が回るようにしたい」「特に小規模事業者の場合、従業員が少なく、事務から経営まで全て自分が抱え込んでいて時間がない」といった声を多く聞きます。また、「業務を他に振りたいけれど振る相手がいない」「今の自分から抜け出して、経営者として成長しなければ会社も大きくならない」と悩んでいる経営者も多いです。

こうした状況でぐるぐると思考を巡らせている経営者の姿をよく目にします。だからこそ、経営者こそコーチングを受け、コーチングを知っていただきたいと思います。コーチングは、経営者が抱える本質的な課題に取り組むための有効な手段であり、その価値をぜひ知っていただきたいと考えています。

そもそも、コーチングってなに?

冒頭でもお話ししましたように、「コーチング」という言葉はしばしば誤解されがちです。

「運動などのやり方を教えて指導する人」というイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。特に部活動や体育会系での指導者や顧問を「コーチ」と呼ぶことがありますので、これは間違いではありませんが、コーチングの定義とは若干異なります。運動の技術を教えたり指導したりすることがコーチングというわけではありません。よく「コーチ」という言葉から、厳しく指導する人物という印象が強く残ってしまうため、このような誤解が生まれるのだと思います。

コーチの由来
コーチの由来

ここで少し話題を変えますが、この二つの絵を見てください。左側が馬、右側がタクシーです。この二つには共通点があります。馬は馬車を、タクシーは車をイメージしていただければと思います。

実は「コーチ」の語源は「馬車」です。15世紀にハンガリーのコチという街で本格的に製造された馬車が「コーチ」の由来です。コチの馬車は四輪でスプリング付き、屋根もある大型のもので、現代で言えば軽自動車のようなものです。この馬車から「コーチ」という言葉が生まれ、現在ではタクシーのように人を目的地へ送り届ける存在としての意味を持っています。

ここで注目したいのは、馬車もタクシーも乗客が目的地を伝えなければ動かないという点です。タクシーに乗るとき、必ず目的地を運転手に伝えますよね。目的地を言わなければ、タクシーの運転手は車を動かすことはありません。このように、乗客が目的地を決めているのです。馬車やタクシーは乗客を目的地まで送り届けるものであり、その役割を果たすのがコーチでありコーチングなのです。

つまり、コーチングとは、クライアント自身が目標を決め、それに向けて行動を起こし、目標を達成するための手助けをするプロセスです。コーチはクライアントの意図とは異なる目標に導くことはありません。

例えば、新宿に行きたいとタクシーの運転手に伝えたら、運転手はその意図に沿って新宿に向かいます。運転手の意思で全く逆の東京駅や品川に行くことはありません。コーチングも同様に、クライアントが望む目標に向かって行動を支援するものです。

売上向上や人材確保・育成、自己成長といった経営者の悩みを裏返せば、それは経営者の目標達成に繋がるものです。そして、これを達成するための有効な手段の一つがコーチングです。コーチングは、経営者が自身の目標に向かうためのサポートを提供する強力なツールであり、その有用性をぜひ知っていただきたいと思います。

似たような言葉たくさんあるよね?

コンサルティング、カウンセリング、コーチング、ティーチングといった「〇〇ング」と呼ばれる言葉は多く、混同されがちです。それぞれがどのように異なるのか、ここで整理してご説明します。

コーチングの位置づけ
コーチングの位置づけ

この理解を助けるために、縦軸に「目標達成に向けて」か「回復に向けて」、横軸に「自発的」か「受け身か」という軸でマトリックスを作成しました。このマトリックスに基づいて、それぞれの位置づけを確認してみましょう。

まず、コンサルティングとティーチングについてです。これらは「目標達成に向けて」行われる活動であり、マトリックスの上側に位置します。ただし、これらの活動はクライアントが受け身の立場にある場合が多いです。例えば、コンサルティングでは専門家が具体的なアドバイスや解決策を提供し、クライアントはそれを受け取ります。同様に、ティーチングでは教師が生徒に知識やスキルを伝授します。ここには明確な上下関係が存在し、生徒やクライアントは教えを受ける受け身の立場にあります。

次に、カウンセリングについてです。カウンセリングは、目標達成というよりも「回復に向けて」行われるもので、縦軸の下側に位置します。特に、診療内科や病院などの医療現場でよく使われる手法で、クライアントが落ち込んだマインドや感情を回復するためにサポートを行います。これは、マインドがフラット、すなわち「ゼロ」に戻すことを目指すもので、クライアントが自発的に動くというよりは、サポートを受けて現状を改善するプロセスが主です。

最後に、コーチングです。コーチングは「目標達成に向けて」、かつ「自発的」に行われるもので、マトリックスの右上に位置します。コーチはクライアント自身が目標を設定し、それに向かって行動するのをサポートします。コーチが指示を出すわけではなく、クライアントが自分の目標に向けて主体的に進むことを促します。

コーチングは「目標達成に向けたコミュニケーション手段」であり、受け身ではなく、自発的な気づきや行動を促すコミュニケーションスキルです。

カウンセリングとコーチングはどちらも自発的な気づきや行動を促す点では共通していますが、目的が異なります。カウンセリングは現状回復、つまり気分が落ち込んでいる方や、感情的な問題を抱える方のサポートを目的としています。一方で、コーチングは目標達成に向けて、クライアントがより良い方向に進むためのサポートを行います。

ここで、コーチングの特徴的なポイントが「負荷をかけるかどうか」です。誤解しないでいただきたいのは、この「負荷」とは高圧的な指示や命令をすることではありません。コーチングで言う「負荷をかける」とは、クライアントが自ら設定した目標に対して、少しだけ背伸びをするようなチャレンジを促すことです。例えば、クライアントが目指している目標があるとき、そこに向けて少しだけステップアップをするような行動を提案することで、自発的な成長をサポートします。つまり、コーチングの本質は「自発的な行動と気づきを引き出す」ことにあります。

例えば、ある経営者の方が、自分自身で何か行動を起こしてみるという話になりました。初めは1週間でやってみようとおっしゃっていましたが、その方のお話を伺う中で、もう少し早くできるのではないかと感じました。仮にその方をAさんとしますと、「Aさんなら5日でできそうな印象を受けました。」そこで、Aさんが「5日は難しいけれど、6日でやってみます」とおっしゃいました。その姿勢は素晴らしいと考え、では次回のセッションで6日でやってみてどうだったか、その結果を教えてくださいという流れで進めることにしました。これが、経営者に適度な負荷をかけるということです。

一方で、「7日でやります」と言った場合に、「いやいや、5日でできるでしょう。5日でやりなさい」というような高圧的な指示を出すのは、コーチングのアプローチとは異なります。コーチングでは、あくまでも経営者の判断に委ねることが基本です。「7日でやります」との発言に対して、その7日間というのが、すでにその経営者自身にとって十分な負荷になっている可能性もあります。そのため、経営者の性格やこれまでのやり取りを通して、コーチが「7日で十分負荷がかかっている」と判断すれば、それを尊重して進めることもできます。ここでは、日々のコミュニケーションを通じて、あくまでも決断するのはクライアント自身であるということが重要です。

まとめ

さて、今回のまとめとして、以下の3点を挙げます。

第一に、事業環境の変化は常に加速しており、さらに不可逆的です。

第二に、経営者や企業には自己変革が求められています。

そして第三に、コーチングとは、目標達成に向けて適切な負荷をかけるプロセスであるということです。これが1回目のまとめとなります。

次回以降は、さらにコーチングについて深掘りしていきます。

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執筆者

中小企業診断士 堀口 英太郎
埼玉県上尾市中小企業サポートセンター専門家
中小企業119専門家

1999年 新卒で製造業に就職 販売、生産管理従事
2009年 本社の企画部門へ異動
2012年 中小企業診断士合格
2013年 中小企業診断士登録
2021年 認定プロコーチ

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「困ったときは堀口さんに相談すれば、助けてくれる」
ゼネラリストとしての社会人経験と幅広い人脈、豊富なコンサルティング経験から生み出された新規事業壁打ち・立ち上げ、各種補助金、助成金申請、実行支援等に従事。

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