本社不動産の売却により改善が成功した事例「看板工事会社」(前編)
渡邊 賢司
中小企業診断士
株式会社3Rマネジメント 代表取締役
株式会社IoTメイカーズ 代表取締役
約15年にわたり、事業再生支援等に従事。100社以上の中堅・中小企業に対し、事業再生スキーム構築、経営改善計画作成支援、伴走支援、金融機関交渉等を行ってきた。東京都中小企業再生支援協議会での事業デューデリジェンス業務にも多数従事。金融機関向けや税理士向け研修講師等も多数実施。
2016年に小中学生向けプログラミング教室等を運営する(株)IoTメイカーズを設立し、中小企業経営者としての顔も持つ。同社では、6年間で5つの新規事業を立ち上げた。
今回紹介する内容は、不動産の売却により改善が成功した看板工事会社の事例です。
看板工事会社の状況
当社は、中堅建設業Y社の下請けとして事業を展開する看板工事業で、年商約3億円、従業員30人前後の会社です。
特殊な看板工事を扱っているため、Y社は看板工事に対し、地域ごとに専属契約を結んで発注を行ってきており、当社も長年、安定した売上・利益を計上してきました。
バブル崩壊後も受注に関しては特段問題なく順調だったため、1990年代中盤に、創業者である先代が、不動産を購入し、自社ビルを建てました。
しかし、それをほぼ全て金融機関の借入で賄ったため、年商に近い借入金残高となり、毎年の利益で返済していくという状態が続いていました。
幸いにも、本業の方は、2000年代後半まではある程度順調に推移していたので、特段問題はありませんでしたが、銀行への返済を行うと、キャッシュはほとんど残らないという状態が続いていました。
社長の交代と先代からの反対
後継者である現社長は、創業者である先代の長男です。2000年代後半まで土木工事関連の大手企業で会社員として勤務し、その後当社へ入社しました。
その後、専務として、先代とともに経営を行なってきましたが、先代も病気がちになったため、社長を交代することにしました。
当時は、非常に大変な状況であり、リーマンショックのあたりから、当社が得意としていた特殊看板工事が減少し始め、さらに東日本大震災をきっかけに発注が年々大きく減少していきました。
社長は、将来を不安視し、新規事業を展開する必要があると考えていました。
そのため、入社直後から、さまざまな技術開発や商材の仕入れを行い、また仕事を受注できる体制にするための人員の補充、ホームページの整備などを主力業務の傍ら、続けて来ました。
しかし、先代からは、「新規事業を考える暇があったら看板工事に注力しろ!」と、ことごとく反対をされていたのです。
また、古参の従業員たちも、社長がやることには、見て見ぬふりをしたり、バカにするような態度で笑っていました。
しかし、5年ほど前から赤字に陥り、その金額も年々増えていくありさまでした。
金融機関とのハード交渉
(1)金融機関へのリスケジュール申し出
赤字に陥った後、当初は金融機関からの借入でなんとか凌いで来ましたが、新規の追加融資も無理ということになり、取引金融機関へ半年間の返済猶予を申し出ました。
当社の金融機関取引は、9割が地元の地方銀行、残りは信用金庫からの借入でした。
信用金庫は、スムーズに申し出に応じてくれたのですが、地方銀行からは金利を1.5%上げることが条件と言われました。
地方銀行からの借入は2億円ほどだったので、その条件を受け入れると、年間300万円のコストアップになります。到底応じることはできないので、何とか現状の金利水準でリスケジュールに応じて欲しいと依頼したのですが、ここからハードな交渉が始まったのです。
(2)銀行の強気な態度と一方的な主張!
当初の申し出から、毎週のように金融機関から呼ばれ、交渉を続けましたが、金融機関の言い分は下記のようなものでした。
①返済猶予を行う中小企業に対しては、銀行として金利を1.5%上げる決まりになっている。
②返済猶予をすると信用リスクが高まるので、金利を上げるのは当然である。
③返済猶予の申し出をしてきて、銀行からの申し出を受けないのはおかしい。痛みを伴うなら、お互い公平に負担するべきではないか?
④金利を上げないと返済猶予を受けられないので、保証協会保証付き融資が、保証協会から代位弁済される可能性もある。
(3)銀行の主張を覆すにはこのような論点で話をするべき!
当社としては、返済猶予に至ったことは申し訳ないと思いつつも、金利を上げられたのでは、経営改善に大きな支障が出るため、現状の水準を継続するよう依頼し続けました。
当社の言い分としては、次のような論点から、交渉を続けました。
(ア)金利を上げられると、300万円のコストアップになり、負担が増えるので、何とか現状維持でお願いしたい。
(イ)「銀行として金利を上げる決まりとなっている」の根拠を教えて欲しい。また、1.5%の根拠も示して欲しい。さらに、それらを書面で示してもらいたい。
(ウ)新規事業の特殊清掃工事の受注が年々増加傾向にある。認知度も上がってきているので、1〜2年で黒字化可能である。また、定年退職者が今後数年の間に出てくるので、自然減による人件費削減と多能工化や業務改善を行い、コストも削減可能である。
(エ)当社は、半年以内に経営改善計画を策定し、提出する予定なので、それをみて信用リスクが高いかどうかを判断して欲しい。
(オ)当社は、今後、本社不動産を売却して、新たな本社は賃借で経営を行なっていく予定である。不動産の時価は、約2億円なので、それで銀行へは借入金をすべて返済できる見込みである。従って、信用リスクが高まるわけではない。
(4)約2ヶ月にわたるハードな金利交渉
お互いに、押し問答が続き、毎週このような議論を重ねました。
時には、銀行の担当者も声を荒げる場面もありましたが、当社としては、感情的にならず、冷静に話を続けていきました。
上記(ウ)や(オ)を実施し、一生懸命努力して黒字化していくこと、ならびに(エ)を粘り強く訴えていったのです。
また、銀行が主張している④についても、一見脅しとも取れるような内容ですが、金融円滑化法以降、金融機関が条件変更に9割以上の割合で応じてくれている事実などをもとに、その可能性は非常に低いと判断して交渉を続けました。
銀行が言っている論理は、次のようなことだと想像し対応したのです。
金利アップの条件を受け入れなければ、銀行はリスケジュールをしないということになります。
結果、返済がされず、延滞状態となり、それが一定程度続けば、銀行は保証協会に代位弁済の請求を出さざるを得なくなるということです。
代位弁済というのは、信用保証協会保証付きの借入において、延滞状態が続けば、会社の代わりに信用保証協会が銀行へ代わりに弁済することです。
その後は、債権者が信用保証協会となります。
しかし、金融円滑化法でも、それ以降の金融庁の監督指針等でも、リスケジュール申し出への対応としては、金融機関が信用保証協会や政府系金融機関等と連携を図るよう求めています。
従って、リスケジュール申し出の時点で、銀行は、信用保証協会と相談を行なっているはずですし、一方的に銀行が自身の主張を押し通して、代位弁済に持っていくようなことはまずないと考えました。
結果、2ヶ月間の交渉の末、金利は現状維持のままで返済猶予を行なってもらえることになりました。
当社としては、感情的にならず、何回も膝を付き合わせて、話し合いをしたことが、良かったのだと思います。
金融機関は、稟議制度によって、意思決定を行います。
従って、本部や上司から現場へ、何回粘り強く交渉したかなどを問うこともあります。
金融機関としても、簡単には引き下がれないのです。
粘り強く交渉したかどうかを判断するには、内容もさることながら、交渉時間、回数も重要です。
当社の場合も、銀行の担当者がそのような立場にあることを斟酌し、何度も粘り強く交渉に応じたことが、稟議決済を勝ち得たることにつながったのだと思います。
(5)本社不動産の売却を覚悟
銀行に返済猶予を申し出た頃から、社長は、本社不動産を売却することをある程度決めていました。しかし、創業者である先代が思いを持って購入・建築した本社です。
先代は、不動産を売却してしまったら、担保に入れるものがなくなって、新たな融資が出なくなると思い込んでいました。
しかし、当社の場合、不動産の時価が、借入残高とほぼ同じという状態でしたので、不動産担保としての利用価値は、現時点ではこれ以上あまりなかったと言えます。
つまり、不動産の時価が約2億円であるのに対し、メインバンクである地方銀行の借入残高も2億円でした。金融機関は、通常、時価の7割程度で不動産を評価しますので、担保価値という面だけを見ると、これ以上の新規融資は望めないという状態でした。
しかも、赤字が続いているので、新規の融資も現状は全て断られています。
さらに今後、資金繰りも厳しくなることが予想されたので、返済猶予の申し出を行なっている状態でした。
先代に対して売却の話を切り出すのには非常に勇気がいることでした。
しかし、社長は、現状の赤字状態や、今後も先行き不透明なこと、借入がなくなることで金利負担が軽くなることなどを丁寧に粘り強く説明しました。
また、今後新規融資も見込めないならば、不動産売却により、一度、金融機関の借入を全て返済したうえで、新たなスタートを切りたいと先代へ伝えました。
社長自身も、不退転の覚悟で臨んだのです。
最終的には、先代も納得し、不動産を売却することにしました。
経営改善計画の中にもそれを織り込み、金融機関も社長の決意と覚悟を感じてくれたのか、大いに賛成してくれました。
時間をかけてでも、できる限り高い価格で売ることを重視したため、最終的には、借入残高より3千万円ほど高く売れました。
結果、手数料や引越し資金を除いても、約2千万円のキャッシュが残り、運転資金に使えるようになったのは当社にとっても大きなプラスでした。
従業員の横領と解雇
(1)従業員の横領
社長に変わってから、しばらくして、事務所に置いてある小口現金と現金出納帳の金額が合わないことが出てきました。
先代の頃は、景気が良かった時期もあり、どんぶり勘定だったため、古参の従業員が誰でも自由に小口現金から費用を捻出できる体制になっていました。
つまり、小口現金の金庫を誰でも開けられたわけです。
しかし、現金出納帳に記帳もしなければいけないので、経理担当の事務員がいる営業時間内に、現金清算するよう指示していました。
経理担当事務員を介さず、勝手に金庫から現金を取らないようにと念を押していたのです。
しかし、ある時、事務員から社長へ報告があり、現金と出納帳の残高が数万円合わないという日が何日か出てきました。
数日続くということは、明らかに不正が疑われます。
また、経理担当事務員を通しているので、経理担当事務員の不正か、もしくは他の従業員ということになります。
しかし、経理担当事務員自ら報告があったということは、まず彼女ではないでしょう。
従って、証拠を掴むために、防犯カメラを設置することにしました。
その後、しばらくして、先代の頃から番頭として勤務していた古参の従業員A氏が、現金を引き出すところが写っていたのです。
(2)古参従業員へ覚悟を持って退職勧告
社長は、A氏を呼び出し、話し合うことにしました。
社長からすると、幼少の頃から知っている間柄です。社長にとっては、信頼していた人だっただけに、精神的なショックは、相当のものでした。
A氏へ真実を追求せずに、金庫の暗証番号を変えれば、今後は開けられなくなるのでA氏が不正をすることはなくなります。
しかし、社長は、次のようなに考えました。
「黙って見過ごして良いのだろうか。今は会社が赤字の状態で、黒字化するために一生懸命、他の従業員が頑張ってくれている。不正を気づかずにいたのも、会社、そして社長である自分の責任だ。そして、またいつ再発するか分からない。一生懸命働いてくれている従業員のためにも、ここは覚悟と勇気を持って、A氏に自主退職を促すべきだ。」
そして、話し合いの結果、A氏は、不正を認め、自主退職も承諾しました。
(3)業務改善もプラスに
退職により、不正の撲滅ができただけではなく、その後、新たなプラス要因もありました。
A氏は特殊看板工事部門の部長だったので、先代の頃から、人員割り当てや材料発注などを全て一任していました。
元請けからの発注量が年々減ってくる中で、当該部門の赤字が続いていたのですが、先代も社長も、工事に関してはなかなか口をだせずにいました。
全幅の信頼を置いていたというのもありましたが、30年以上も、当社で働いているA氏が全てを仕切り、口を出させないようにしていたのです。
退職後は、社長が自ら、人員配置や材料の手当などを仕入先と交渉するようになりました。
当初は、社長も現場に行き、A氏が抜けた穴を埋めていました。
その結果、今までの現場の人員数は、余剰だったことが分かりました。
A氏が、人員を増やし、楽をしようとしていのです。
また、以前は、材料費に関しても、相見積もりを取らず、特定の仕入先に継続して発注していました。
しかし、退職後、社長が数社と価格比較を行い、発注したところ、かなりのコストダウンにつながったのです。
結果的に、A氏の退職により、社長が現場を把握するきっかけとなり、業務改善が実現できたことは、当社にとって大きなプラスでした。
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