金融支援により改善が成功した事例「ビジネスホテル」(後編)

登壇者
株式会社3Rマネジメント代表取締役社長 渡邊 賢司のプロフィール写真

渡邊 賢司
中小企業診断士

株式会社3Rマネジメント 代表取締役
株式会社IoTメイカーズ 代表取締役

約15年にわたり、事業再生支援等に従事。100社以上の中堅・中小企業に対し、事業再生スキーム構築、経営改善計画作成支援、伴走支援、金融機関交渉等を行ってきた。東京都中小企業再生支援協議会での事業デューデリジェンス業務にも多数従事。金融機関向けや税理士向け研修講師等も多数実施。
2016年に小中学生向けプログラミング教室等を運営する(株)IoTメイカーズを設立し、中小企業経営者としての顔も持つ。同社では、6年間で5つの新規事業を立ち上げた。

今回紹介する内容は、金融支援により改善が成功したビジネスホテルを展開する企業の事例の続編です。

目次

1.経営改善計画ならびに具体的アクションプラン

(1)売上拡大策

具体的なアクションプランを下記のように策定し、それに基づき、損益計画を策定しました。

  • ポイントカードをグループ全体のホテルで統一し、お客様へ還元する。
    • スタッフによるお客様に対する手書きのお礼状を発送しているが、暫く利用されないお客様へのダイレクトメールの発送も行い、リピート客の拡大を図る。
    • ホテル周辺企業へのローラー営業、過去の利用企業に対するダイレクトメール発送等により定期的な利用が見込める企業との契約をさらに徹底して推進する。
    • 予約サイトへのお褒めの言葉、クレームに対しては原則として即日に、お礼・お詫びの言葉・改善策等を返答する。
    • 宿泊管理システムを更新し、フロント会計業務の大幅な省力化や、顧客サービスの向上、顧客管理を充実させることによる稼働率の向上を推進する。
  • 競合他社のビジネスホテルにおいて、ウエルカムドリンクは、一般的にコーヒー・紅茶が主力であるが、当社は、さらにハーブティー(6種類を用意)を置くこととした。
  • 今後、社内大学を立上げ、弊社の理念とホスピタリティーの体系的教育を内製化し、顧客満足度の更なる向上に努めることとする。
  • 女性が手ぶらでホテルに泊まれるよう特に女性用アメニティの充実を図っていく。

(2)コスト削減策

また、コスト削減策についても以下に述べるように諸施策を実施することにしました。 

(イ)売上原価

  • 従業員の時間管理を見直し、外注していたホテル内清掃等を一部内製化する。
  • リネン、食材仕入等の業者に対し、相見積もり・価格交渉を行い、品質を維持しつつコストを削減する。
  • HPの充実等により旅行代理店への提供客室を減らし、支払手数料を削減する。

(ロ)人件費

  • 役員報酬の3割カット、シフト体制の見直し(待機時間等の非効率な業務時間見直し)による人件費の削減を行う。

(ハ)その他経費

  • 保険契約の見直しにより保険料を削減する。
  • 自社人員で出来る簡易な修繕は極力自社で行う。

(3)設備投資

さらにはハード面でも近隣の競合施設と比較して、一定の顧客満足を図って行く必要があります。

ビジネスホテルは、装置産業であるため、計画的な修繕費が必要になってきます。

また、新規にホテルをオープンした場合は、長期的なスパンで投資資金を回収していく必要があります。

そこで、計画では、エンジニアリングレポートを取得し、今後最低限必要な費用を修繕費・資本的支出に振り分け、計画数値として織り込み、顧客が求める安全性・快適性の確保を図ることとしました。

また、黒字のホテルに経営資源を集中するために、不採算のホテルを一部売却し、売却代金で借入金を返済することも決定しました。

上述の諸施策を織り込み、具体的な数値計画は以下となりました。

なお、売上増大のためのアクションプランを実行しますが、売上計画はコスト削減と違い実現が不確実なため、保守的かつ実現可能性の高い数値としています。

実抜計画の「実現可能性が高い」という要件を満たすためです。

【図表:今後の損益計画】

                                                                                                              (単位:百万円)

 2010年度2011年度2012年度2013年度2014年度
売上高2,4002,4002,4002,4002,400
売上原価199199199199199
売上総利益2,2012,2012,2012,2012,201
販売費・一般管理費2,0402,0282,0282,0282,028
  うち減価償却費130136141145148
営業利益161173173173173
営業外収益0 0 0 0 0 
営業外費用6157524742
  うち支払利息6157524742
経常利益100116120125130
特別損失(※1)3000 0 0 0 
税引前当期純利益▲ 200116120125130
法人税等(※2)0 0 0 0 0 
当期純利益▲ 200116120125130
※1:不採算ホテルの売却損
※2:税務上の青色欠損金があるため計画5期目までは法人税は均等割のみである
注:支払利息はDDSの1,280百万円部分を金利0.4%、それ以外の借入金を3%で計上している

【図表:今後のキャッシュフロー計画】

(単位:百万円)

 2010年度2011年度2012年度2013年度2014年度
EBITDA291309314318321
EBITDA-支払利息230252261270278
法人税等00000
資本的支出(設備投資)▲ 130▲ 100▲ 90▲ 90▲ 90
返済原資(※3)100152171180188
※3:毎期の返済額は返済原資の90%とする

(4)内部管理体制の強化

当社は、更なる内部管理体制強化のために、バランスト・スコアカードを導入しました。

バランスト・スコアカードは、戦略経営のためのマネジメントシステムです。

ビジョンと戦略を明確にすることで、財務数値に表される業績だけではなく、財務以外の経営状況や経営品質から経営を評価し、バランスのとれた業績の評価を行うための手法です。

この導入により、企業ビジョンの実現・目標の達成を目指します。

従業員は日々の業務がどのように目標達成に影響するのかを意識でき、経営陣は視覚的、実質的に目標達成までの道のりを管理することができます。

 

当社も、全社的な視点は当然のこととして、部門別に、財務の視点、顧客の視点、業務プロセスの視点、学習と成長の視点の4つの視点から戦略を立案、その戦略を重要成功要因→業績評価指標→アクションプランと現場の業務まで反映させました。

これにより、内部管理体制の強化を図り、体系的に企業の組織力・成長力・競争力を強化していくこととしました。

【図表:当社の作成したバランスト・スコアカード】

2.メインバンクによるDDS(資本性劣後ローンへの転換)支援

(1)借入と不動産担保の状況

メインバンクであるX銀行の貸出残高は、2,580百万円と当社全体の借入金残高の約7割を占めています。

また、当社が不動産を所有している5つの物件は、どれも金融機関の根抵当権が設定されています。不動産鑑定士に依頼し、鑑定評価を行なった結果は以下の通りです。

【図表:借入・不動産担保一覧】

債権者貸出残高保全状況金利
X銀行2,580 百万円Bホテル 1番根抵当権 極度額800百万円 Cホテル 1番根抵当権 極度額900百万円 Dホテル 1番根抵当権 極度額600百万円3.5%
Y銀行501 百万円Aホテル 1番根抵当権 極度額500百万円3.25%
Z銀行402 百万円Eホテル 1番根抵当権 極度額700百万円3.5%
合計3,483 百万円  

【図表:所有不動産の鑑定評価額一覧】

 AホテルBホテルCホテルDホテルEホテル
土地40百万円60百万円50百万円35百万円65百万円
建物55百万円70百万円80百万円30百万円50百万円
合計95百万円130百万円130百万円65百万円115百万円

(2)資本性ローン投入で抜本的再生

X銀行は当社ホテルの現地訪問を含め、毎月数回のミーティングを重ね、約一年間かけて経営改善計画を一緒に作成しました。

経営者、事業、内部管理体制等において、当社の事業性は高く評価できるとX銀行は判断し、抜本的な再生支援を行うことで合意しました。

 

当社の場合、過去の過大な設備投資の結果、多額の債務超過に至っていました。

営業利益は連続して計上していますが、過大な借入金・支払利息負担により、経常赤字に陥り、金融機関への返済が思うように進んでいません。

従って、借入金負担が少なくなれば、当社の再生は間違いないとX銀行も判断したのです。

具体的には、X銀行からの借入金の約半分である1,280百万円を資本性劣後ローンに転換し、20百万円の DESを実行してもらいました。

DDS部分については、金利0.4%とし、支払利息が大幅に減少する見込みとなりました。

さらには、新規設備投資に関しても、新規融資を行ってくれることにもなりました。

 

X銀行の抜本的な金融支援により、B社の経常利益はプラスに転換し、債務超過解消年数は5年に、資本性劣後ローンを除いた債務償還年数は10年に短縮することができ、実抜計画の要件を満たすものとなりました。

【図表:債務超過解消年数・債務償還年数】

(単位:百万円)

 2010年度2011年度2012年度2013年度2014年度
要償還債務(総額)3,1643,0282,8742,7112,542
要償還債務 (DES/DDS部分控除後)1,8641,7281,5741,4111,242
実態純資産
(DES/DDS部分考慮後)
▲ 457▲ 341▲ 221▲ 9635
債務償還年数(要償還債務はDES/DDS部分控除後)1911987

3.金融機関はなぜ支援したのか?

(1)再生計画の実現可能性が高いと判断できたため

X銀行は、当社の損益計画を一緒に策定していく中で、今後の収益性や将来性は良好と判断しました。

売上については、過去の傾向と今後の外部要因、内部要因を加味して策定されていますが、プラス要因については、確実性が非常に高いものだけを売上計画に入れています。

また、コスト削減策についてはアクションプランを展開することで、確実に削減可能な数値を織り込んでいます。

さらに、ホテル別の収益性を再度見直し、今後も不採算が続く可能性のあるホテルを売却することとし、事業の再構築を図る内容となっています。

当然、売却代金により借入金の一部を返済し、有利子負債の削減を図ります。

結果、営業利益ベースでは、計画1期目以降黒字が続き、過大な支払利息負担を軽減することができれば、業績は改善します。

DESとDDSによる金融支援を行い、支払利息を軽減することによって、5年以内の債務超過解消、債務超過解消後10年以内の債務償還(DDS部分を除く)が可能になると判断できたことが、金融支援を実行した理由の一つです。

(2)経営陣の再生にかける覚悟と能力の高い後継者の存在

現経営陣は、再生のために役員報酬の削減を大幅に行いました。

加えて個人所有の土地を売却し、当社の借入金返済に充当することによって経営責任も明確にしました。

また、代表者の子息たちも、大手旅行会社やコンサルティング会社、民間のホテル会社等に勤務後、当社に入社した経歴を持っていたため、メインバンクは協議を重ねる中で後継者たちの経営能力は十分に高いと判断することができたのです。

さらに、後継者として当社を必ず再建し、地域の雇用を守るという強い意志を確認できたことも抜本的な金融支援に踏み切った理由です。

(3)地域経済への貢献

当社は業暦も長く、本業を地道に行ってきたこと、加えて従業員の多くを地元出身者で採用しており、かつ従業員への教育・訓練には非常に力を注いでいます。

ホテル専門のコンサルティング会社と契約を締結し、独自のプログラムにより定期的に研修を行ってもいます。

当社の経営理念も従業員に十分に浸透し、従業員の質も高いと判断できたことも一因です。

<コラム>

<中小企業はどんどん真似をしよう!>  
中小企業は、ヒト・モノ・カネ・情報等の経営資源が不足しがちです。 一方で、事業再生・経営改善が必要な企業は、さまざまな改善プランを同時に実行していくことが必要です。  

新たな施策を展開するには、ヒトが必要ですし、設備投資には資金が必要ですが、その資源がなかなかありません。 また、IT化が進んだ現代でも、情報を効率良く、かつ効果的に収集するノウハウを持ち合わせていない企業も少なくありません。  

従って、いかに人手やお金をかけずに、価値ある情報を集めて、効率的・効果的な施策を実行していくかが勝負になります。 そのためには、同業他社のやり方を真似るというのも効率的・効果的な戦法です。  

特に、本事例のようなホテル業界は、立地が違えば、競合ではありません。  

つまり、別の地域で成功している事例を、自社に当てはめることで、アクションプラン検討の時間や労力が節約できます。 また、他社で成功している事例なので、自社でも成功する確率は高いと言えます。

 他社の事例とはいえ、顧客ニーズを捉え、競合他社と差別化できている事例だからこそ、成功しているのだと思います。   それを当社に当てはめないのはもったいないことです。

インターネットのない時代は、書籍や雑誌、あるいは帝国データバンクなどの情報提供機関などから情報を集めるのが一般的でした。 また、本当に価値ある情報やノウハウは、精通している知人・友人や、コンサルティング会社、専門士業などに聞くしかありませんでした。  

しかし、現代はインターネットで何でも調べられます。 従って、他社の成功事例も格段に手に入りやすくなりました。 これを使わない手はないでしょう。  

例えば、観光旅館やホテルにおける成功事例を調べると、下記のような情報も簡単に入手できます。

・ 団体客が減少してきたため、地元の老人会等に営業をかけて慰労会や忘年会を獲得していった。地元の団体や老人会には、営業マンが家まで送迎するなどして顧客満足を高めた。
・日本式の料理と日本式の宴会(中国語のカラオケ付)を提供することにより中国人団体客が増加した。
・個人客を中心ターゲットとし、結婚、出産、子供の成長といった個人のライフサイクルに対応した関係を構築することをコンセプトとした。具体的には、顧客のライフイベントごとに情報提供や特典をプレゼントすることでリピート率を格段に高めた。
・多能化された従業員を増やし、外注化していた清掃を内製化するなどしてコストを削減。
・調理師や接客担当の従業員に、顧客として全国の有名レストランに行かせ、優れたサービスを経験させることで、自社の料理やサービス品質向上につなげている。  

以上は、一つの例ですが、旅館・ホテル業界以外でも、同業他社の成功事例を真似るというのは、有効な戦略です。   中小企業は、徹底的に、同業他社(自社と似たような規模、立地、戦略等)のやり方を真似てみてください。

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この記事を書いた人

中小企業診断士
(株)3Rマネジメント 代表取締役 https://3r-management.jp/
(株)IoTメイカーズ 代表取締役 https://www.iot-makers.co.jp/

約15年にわたり、事業再生支援等に従事。100社以上の中堅・中小企業に対し、事業再生スキーム構築、経営改善計画作成支援、伴走支援、金融機関交渉等を行ってきた。東京都中小企業再生支援協議会での事業デューデリジェンス業務にも多数従事。金融機関向けや税理士向け研修講師等も多数実施。
2016年に小中学生向けプログラミング教室等を運営する(株)IoTメイカーズを設立し、中小企業経営者としての顔も持つ。同社では、6年間で5つの新規事業を立ち上げた。

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