金融支援により改善が成功した事例「ビジネスホテル」(前編)
渡邊 賢司
中小企業診断士
株式会社3Rマネジメント 代表取締役
株式会社IoTメイカーズ 代表取締役
約15年にわたり、事業再生支援等に従事。100社以上の中堅・中小企業に対し、事業再生スキーム構築、経営改善計画作成支援、伴走支援、金融機関交渉等を行ってきた。東京都中小企業再生支援協議会での事業デューデリジェンス業務にも多数従事。金融機関向けや税理士向け研修講師等も多数実施。
2016年に小中学生向けプログラミング教室等を運営する(株)IoTメイカーズを設立し、中小企業経営者としての顔も持つ。同社では、6年間で5つの新規事業を立ち上げた。
今回紹介する内容は、金融支援により改善が成功したビジネスホテルを展開する企業の事例です。
3代目の現社長は、地方主要都市に次々とホテルをオープンし、業容を拡大してきました。合理的なオペレーションにより、高い稼働率とリピート率を実現し、運営を行ってきました。
また、ホテルの付加価値を高め、ホテル所有会社等や個人投資家の方々への転売を図ることによっても、収益を得ています。
現在は、10箇所でホテルを経営しており、土地・建物を自社所有するホテルが5箇所、賃借・運営を行うホテルが5箇所です。
資本金は70百万円、従業員は200名(パート・アルバイト含む)、直近期の売上高は約28億円です。
順調に業容を拡大していましたが、2008年のリーマンショック以降、景気が低迷し、企業の出張需要、個人需要が冷え込みました。その結果、当社も稼働率・顧客単価の低下により売上が大幅に減少しました。
同社の社長は3代目であり、年齢は60代半ばぐらいです。子息が3人で、他社での勤務経験を経て当社に入社しています。
3人とも将来、事業を引き継ぐことを見込んで、大手旅行代理店や、会計事務所系コンサルティング会社、大手ホテルなどへ勤務した後、戻ってきました。
さらに、社長は、後継者教育も早いうちから熱心に行い、中小企業基盤整備機構が実施している「後継者塾」へ通わせてもいました。
社長は、業界内でも幅広い人脈を持ち、トップセールスで法人客を取り込んできました。
しかし、年齢も60代半ばを過ぎており、事業再生とともに事業承継が課題でもありました。
オペレーションも含めた経営全般を引き継ぐという面では、計画的に進められてきたと言えます。
後継者達が、前職で培った知識・経験を当社へ当てはめ、オペレーションも改善してきました。
過去の投資による過大な負債
ホテル業界は装置産業であり、定期的に設備投資が必要になってきます。
また、参入障壁は比較的高いものの、差別化しにくい業界であり、そのためにはハード面の設備投資が必要な場合も多々あるのが特徴です。
大手資本の企業も市場に多く参入しており、競合とどのように差別化していくかが重要です。
当社も、ホテルの新規展開にかかる資金の多くを、金融機関からの借入で賄ってきたため、年商以上に膨れあがり、支払利息や返済の負担が大きくなりました。
営業利益はなんとか確保できていますが、支払利息や返済の負担が重く、5年ほど前から条件変更を繰り返してきました。
ただし、いわゆるリスケジュールによる金融支援にとどまり、経常赤字の状態が続いている当社にとっては、抜本的な解決策に至っていません。
そこで、メインバンクをはじめとする各金融機関と協議のうえ、DES・DDSによる金融支援を受け、再建を図っていくことになりました。
業況悪化の背景
当社ホテルの立地は、主に地方主要都市で、駅から徒歩10分以内の場所が多いのが特徴です。そのため、地方出張のビジネス客が主要顧客です。
1990年代に入り、バブル崩壊の影響から一時は業績が悪化しましたが、2000年以降の景気回復に伴う出張需要の増加により、業績は持ち直していました。
しかし、2008年の金融危機以降、企業の出張需要が大幅に減少し、また近年、大手ホテルチェーンが次々と近隣に進出したため、価格競争が激化しました。
加えて、各種旅行サイトや価格比較サイトの普及により、顧客単価は年々低下しています。
当社社長は、ホテル運営には従業員のサービス水準が最も重要であるとの考えから、その教育訓練には非常に力を入れてきました。近隣のホテルと比較してサービス面で一定の評価を得ており、リピート率も高く、好評価を得ています。
しかし、近隣に宿泊特化型のホテルが次々とオープンし、当社の売上対人件費比率は競合他社と比較して非常に高くなっています。売上の低下により、単独で営業赤字となるホテルも一部出てきています。
【図表:過去5年の業績経過】
(単位:百万円)
2005年度 | 2006年度 | 2007年度 | 2008年度 | 2009年度 | |
売上高 | 3,370 | 3,319 | 3,353 | 3,309 | 2,813 |
売上総利益 | 3,084 | 3,037 | 3,068 | 3,024 | 2,571 |
販売費・一般管理費 | 2,898 | 2,855 | 2,950 | 2,945 | 2,531 |
うち減価償却費 | 124 | 124 | 124 | 124 | 124 |
営業利益 | 185 | 183 | 117 | 79 | 39 |
営業外収益 | 2 | 3 | 2 | 3 | 2 |
営業外費用 | 139 | 136 | 132 | 128 | 125 |
うち支払利息 | 137 | 134 | 130 | 126 | 123 |
経常利益 | 49 | 49 | ▲ 12 | ▲ 45 | ▲ 84 |
税引前当期純利益 | 49 | 49 | ▲ 12 | ▲ 45 | ▲ 84 |
当期純利益 | 49 | 49 | ▲ 12 | ▲ 45 | ▲ 84 |
借入金残高 | 3,910 | 3,772 | 3,634 | 3,545 | 3,483 |
2005年度 | 2006年度 | 2007年度 | 2008年度 | 2009年度 | |
EBITDA(※) | 309 | 307 | 241 | 203 | 163 |
EBITDA-支払利息 | 173 | 172 | 112 | 78 | 40 |
ホテルの土地・建物については、地価が比較的高い時期に購入したものもあります。ホテルの新規オープンにかかる投資資金を主に借入金で賄ってきたため、金融機関からの借入金が非常に多くなっています。
そのため、支払利息や借入金返済の負担が大きく、資金繰りが逼迫したため、金融機関から元本返済猶予の支援を受けていました。
また、近年の資金繰り逼迫から施設・設備の更新投資を行うことができず、老朽化したホテルも存在しています。
金融機関から運転資金の融資を受けるために利益を捻出する必要があり、過去の決算では、減価償却を計上していませんでした。そのため、財務デューデリジェンス後の実質債務超過も多額にわたっています。
【図表:実質の債務超過額(2009年度期末時点)】
(単位:百万円)
1.帳簿上の資産超過額 | 12 |
2.財務会計上の修正額合計 | ▲747 |
①建物・設備・構築物減価償却不足 | ▲558 |
②投資有価証券の減損処理 | ▲80 |
③退職給付引当金の積立不足 | ▲12 |
④その他 | ▲97 |
3.財務会計上の修正額反映後の債務超過額(1-2) | ▲735 |
4.含み損益 | ▲1,122 |
①土地の減損処理 | ▲872 |
②建物の減損処理 | ▲250 |
5.含み損益まで反映した後の実質債務超過額(3-4) | ▲1,857 |
現状分析と今後の方向性
外部・内部環境分析の結果から今後の事業戦略を策定しました。
外部環境のマイナス要因は、リーマンショック以降の需要の落ち込みや近年の大手ビジネスホテルチェーンによる新規出店攻勢です。
一方で、今後は訪日外国人が増えることが予想されました。
当社の顧客属性を再度調査した結果、国内ビジネス客が約7割程度占め、外国人客は比較的少ないのが現状でした。
当社の強みは、高いオペレーション能力にあります。
ビジネスホテルは、差別化が比較的困難な業種・業態です。
立地や利便性が顧客の意思決定に大きく影響する反面、最近はビジネス・旅行者ともニーズが多様化しています。
天然温泉や朝食、部屋の快適性、アメニティなどへの対応も影響します。
また、訪日外国人が毎年増加している中で、英語や中国語、韓国語への対応などにも力を入れていく必要がありました。
このように顧客ニーズをきめ細かく収集し、その対応力を強化していくことがビジネスホテル事業にとっては、非常に重要です。
金融危機以降の景気悪化による影響もありますが、当社は安定した顧客基盤を持っているため、売上の低迷は内部管理上の問題も大きいことが分かりました。
当社は、自社ホームページ・各種宿泊予約サイト・電話等による予約受付を行っています。しかし、各種受付形態による空室情報管理が十分ではないため、機会損失や顧客からのクレームが増加してきていました。これが、売上の低迷に影響していたのです。
また、近隣競合ホテルの価格動向やハード・ソフト面の特徴、顧客からの口コミ評価を分析した結果、当社の朝食やアメニティの充実が一定の評価を得ていることが分かりました。
近隣のビジネスホテルの朝食は簡易メニューが多いのに対し、当社は以前から朝食の充実に力を入れてきていたことが理由です。
一方で、近年の業績悪化で当社施設の修繕を充分に行っていなかったため、施設が老朽化し、その点に関しては、顧客からのクチコミ評価も低くなっていました。
ビジネス客は、立地・施設等のハード面に対してもある程度の快適性を求める一方で、朝食やアメニティ、クリーニングサービス等の充実などソフト面の充実をより一層求めるということも分かりました。
前記の分析結果から、当社の強みは駅に近いという利便性とリピート客に支えられた安定した顧客基盤だと認識しました。
今後は、予約システムの更新投資を行うことによる稼働率の向上と顧客基盤の更なる強化、定期的な修繕の実施による快適性の向上を図ることを主な戦略としました。
そして、それぞれに責任者・担当者を配置し、5W1Hにより策定したアクションプランを実施することにしました。
(後編へ続く)
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