スモールM&Aの方法と従業員承継に関する留意点について | 後編

登壇者
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上野 真裕
弁護士 / 中小企業診断士

中野通り法律事務所 弁護士

◆ 弁護士業務
・一般民事事件(各種損害賠償、労働、家事、不動産等)
・債務整理(破産、個人再生、任意整理)、など

◆ 中小企業診断士業務
・事業再構築補助金など各種補助金申請の支援
・事業承継・引継ぎ補助金を活用したスモールM&Aの支援、など


本シリーズは二部制で、上記の動画は「後編」です。

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目次

はじめに

今回は「スモールM&Aの方法と従業員承継に関する留意点について|後編」としてお話します。

前編では、株式譲渡による従業員承継の手続きについてご説明しました。後半では、事業譲渡による従業員承継の手続きについてお話しします。

事業承継による従業員の承継手続き

事業譲渡では、資産、負債、契約、および許認可などを個別に移転させるため、債権債務、雇用関係を含む契約関係を、1つ1つ債権者、従業員の承諾を取り付けて切り替えていかなくてはなりません。

事業譲渡による雇用承継の法的な方法は、細かく分けると次の3つです。

1つ目は、労働者の承諾を得る形で、使用者として地位を譲渡し、特定の事業について使用者を売り手から買い手に変更する方法です。それによって、労働者には新しい使用者について承諾してもらう手続きが、「譲渡型」というケースです。

2つ目は、譲渡企業から一旦退職や解雇をして、譲受企業に新たに採用してもらう「再雇用型」という方法もあります。

3つ目は、譲渡企業による譲受企業への転籍命令ということで、譲渡企業単独で労働者に対して転籍命令を発して、それを労働者に承諾してもらい譲受企業に移ってもらう「転籍型」という方法です。

いずれの方法でも、雇用を継続するために従業員個別の承諾が必要になります。これが株式譲渡と異なる大きな違いです。

事業譲渡契約自体は甲社と乙者との間で行いますが、一旦、甲社と従業員Aとの間で、他の買い手に移籍することの合意・承諾を得る必要があります。さらに、買い手である乙社と従業員Aは、新たに労働契約を締結する必要があります。

事業承継による従業員の承継手続き
事業承継による従業員の承継手続き

どの手法によっても、この図のような関係になることは理解しておく必要があります。

中小M&Aガイドラインの規定例(転籍型)

中小M&Aガイドラインでは、転籍型について規定例が示されています。

第5条1項として、「甲は、承継対象事業に従事している甲の従業員を、乙の従業員として転籍させるものとし、詳細については甲乙別途協議の上決定するものとする。」とされています。

また、2項として、「甲は、クロージング日に、前項により乙に転籍する従業員に対し、クロージング日までに発生する賃金・退職金債務その他甲との労働契約に基づき又はこれに付随して発生した一切の債務を履行し、乙は同債務を承継しないものとする。」とされています。

事業譲渡においては、簿外債務を承継しない方法が容易であることが、規定例によって示されています。

事業譲渡等指針の策定

事業譲渡を行うには労働者の承諾が必要ですが、厚労省から指針が示されています。

事業譲渡における雇用承継には、従業員の個別の承諾が必要なため、これまで労働者保護のための法的措置は、特段、講じられていませんでした。それは、「雇用承継が嫌なら承諾しなければいいでしょ」という話であり、特にそれについて決められていませんでした。

一方、会社分割の場合は、労働契約承継法という法律によって、従業員の保護手続きがあります。それは事業譲渡と株式分割は、個々の従業員にとっては新しい会社に移るということで似たような状況になるのに対し、会社分割では法律によって保護されおり、事業譲渡は全く保護されてないっていうのはアンバランスだという問題意識があります。

しかしながら、事業譲渡が従業員の雇用や労働条件に大きな影響を与えることも少なくなく、労使協議が一定程度行われているものの、労働契約の承継・不承継を巡り紛争に発展する事例が出てきています。

そこで、従業員の承諾の実質性を担保し、労使間の納得性を高めることにより、事業譲渡の円滑な実施および労働者の保護に資するよう、近時、事業譲渡等指針が策定されました。

指針による事業譲渡における従業員の承継手続きの流れ・概要

次に、指針による事業譲渡における従業員の承継手続きの流れについて説明します。

1番目に、譲渡会社と労働組合等との事前協議が必要とされます。

労働組合「等」となっているのは、労働組合のない会社においては、従業員の過半数を代表する労働者との協議が想定されています。両者の事前協議は、遅くても承継予定労働者との協議の開始までに行う必要があります。その後も、必要に応じて適宜行うことが適当とされています。

2番目に、譲渡会社と承継されることが予定されている労働者との事前協議も必要です。ここでのポイントは、労働者に突然条件を示して移籍させることは良くありません。真意による承諾を得るまで十分な協議ができるように、時間的余裕をみた協業を行うことが適当とされています。

3番目に、承継予定労働者からの承諾を得ます。

4番目に、事業譲渡の効力が発生させ、労働契約の承継を得るといった手続きが求められています。

承継予定労働者から承諾を得る際に留意すべき事項

次に、承諾を得る際に留意すべき事項をご説明します。

「真意による承諾」がポイントになりますが、その際どういったことを会社側から説明する必要があるのかが重要です。

事業譲渡に関する全体の状況としては、債務の履行の見込み(従業員の場合、給料や残業代も含まれる)ついて会社側から説明する必要があります。また、どんな会社に行くのかは、労働者にとっては最大の関心事です。譲る会社の概要や労働条件(給料、労働時間、業務内容、就業場所、就業形態など)を示す必要があります。

問題になるのは、新しい会社に移ったら仕事内容が変わるとか、給料が下がるなど、いろんな事態が予想されるため、それを隠して譲渡するのは良くありません。

このような場合には、承継予定労働者の労働条件を変更して譲受会社に承継させます。そして、それを労働者に丁寧に説明し、労働条件の変更について労働者の同意を得ていく必要があります。また、必要に応じてその他の説明すべき事項についても触れておく必要があります。

生じ得る問題点と対応策①(承継排除の不利益)

次に、事業譲渡における事業承継がなされた場合に、生じ得る問題点と対応策についてご説明します。

1つ目は、「承継排除の不利益」です。

事業譲渡は、資産、負債、契約および許認可等を個別に移転させる方法(特定承継)です。したがって、前述の法的構成のいずれの場合であっても、譲渡当事者(甲社と乙社)は譲渡契約において、一部労働者の労働契約の承継のみを取り決め、それ以外の特定労働の労働契約を排除することができるのが原則です。

どういった場合に問題になるかといえば、労働組合の組合員を排除して、残りの労働者だけは承継するケースが典型的に考えられます。こういった特定労働者の労働契約を排除することが問題となります。

こういったことを認めると、例えば、譲渡の対象となった事業に関わり、譲受会社(乙社)への移籍を希望してる従業員Aが、譲渡当事者(甲社)の意向によって、承継から意図的に排除されてしまうことも起こり得ます。これは、従業員Aにとって失業(雇用の喪失)という深刻な不利益をもたらせます。

こういった労働者側の不利益について、裁判実務上、色々な方法で承継排除について一定の制約が課されています。つまり「労働契約を承継してください」という判例があります。

判例の内容は、譲渡当事者(甲社と乙社)に労働契約の承継についての黙示の合意を認定します。これは、本来承継しないはずだった従業員Aも承継するという黙示の合意があったとする認定によって、労働者を救済する手法です。

もう1つは、法人格否認の法理といって、個別事案において甲社と乙社を同一に扱うというものです。簡単にいえば、乙社の従業員としてそのまま雇用を継続させ、甲社の従業員と同一に扱うという手法です。

また、意図的に特定の労働者を排除するのは公序良俗違反であるとして、民法上許されなという正義、公平の理念を持ち出して救済する手法があります。

以上のように、個別の事案に即して、承継から排除された労働者の承継を認め、救済を図っています。

実際の判例では、労働契約の承継に関して乙社の賃金などの労働条件が、甲社を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある従業員を排除する特約は、公序良俗に反して無効であるとして、上記の原則に従って異議を述べた従業員についても、労働契約の承継を認めたものがあります。

つまり、乙社に移るにあたり、例えば、賃金が半額になることが嫌だと言った従業員を承継しないことを甲社乙社間で決めたとしても、それは無効であるという内容です。

これは労働契約の承継を認めた事案ですが、この事案は簡単にはいかないところがあります。それは、承継を認めたとして、承継後の賃金はどうなるのかが判決文で明示されていないためです。半額なのか、甲社の賃金なのか、それともその間を取るのか、そういったところが決まっていない判決となっており、問題が残されています。

生じ得る問題点と対応策②(承継を承諾しなかった従業員の解雇)

次の問題点は、承継を承諾しなかった従業員についてです。

甲社から乙社へ事業譲渡されることについて反対だとして、甲社に残った従業員Aがいるとします。そうした場合に、甲社はこの従業員Aを解雇することができるかが問題点です。

ある特定の事業を事業譲渡する際に、その従業員Aがその譲渡事業に携わっていた場合、従業員Aは甲社に残っても仕事がない状況が想定されます。そうであるにも関わらず、甲社に残った従業員Aを、甲社が解雇することができるかが問題点になります。

これは、事業を全部譲渡する場合と、一部譲渡する場合を分けて考える必要があります。

まず、全部譲渡した場合です。

甲社から乙社に事業を全て譲渡して、甲社が事実上の解散状態になり、あとは清算手続きを残すだけといった場合、従業員は解雇せざるを得ません。この場合、一種の整理解雇に当たるため、解雇もやむなしと考えられます。

次に、一部譲渡した場合です。

従業員Aが携わっていた事業が甲社から乙社に譲渡された場合、甲社に残った従業員Aを直ちに解雇することは許されません。それは、甲社として他部門への配置転換など、解雇回避努力義務を負います。

事業承継に際しても、労働契約法16条(解雇権濫用法理)が適用され、解雇するときに強力な規制を受けます。承継予定労働者が、自らの労働契約の承継について承諾をしなかったことのみを理由とする解雇は、解雇権濫用に該当するため許されません。

この場合、整理解雇に関する判例法理の適応もあります。整理解雇とは、通常の解雇以上に労働者に何の落ち度もないのに解雇するケースに当たるため、よほど労働者に対する配慮がなされてないと解雇権濫用にあたり無効とされる法理です。

事業譲渡の場合にも整理解雇に関する判例法理の適応があり、承継予定労働者がそれまで従事してた事業を譲渡することのみを利用とする解雇についても、解雇権濫用にあたって許されないこととなります。

したがって、事業を一部譲渡した場合は、そう簡単に従業員Aを解雇することができない点を覚えておいてください。

生じ得る問題点と対応策③(乙社による事業承継後の労働条件の変更)

3つ目の問題点は、乙社による事業承継後の労働条件の変更です。

先ほどの2つの問題は甲社側の問題でしたが、今回は譲受会社(乙社)の問題です。

事業譲渡の段階においては、雇用を承継した従業員の従前の労働条件を維持しつつ、譲渡してしばらくした後に、就業規則を改訂して労働条件を変更することは許されるかという問題です。

何が問題かというと、承継完了後、承継した従業員と乙社の既存の従業員との間に、賃金のアンバランスがあっては問題です。したがって、乙社としてはその賃金差を均したいという要請があります。労働条件を統一することができるかがここでの問題ですが、この問題は労働法の知識が前提となります。

修業規則を変更する場合、基本的には従業員の保護の同意が必要になります。それが得られない場合、会社側が一方的に就業規則を変更することになり、それは常に有効ではなく、合理性がなければその効力は認められません。「就業規則の不利益変更の拘束力」という言い方をしますが、それに基づいて合理性がある場合にのみ変更が認められます。

特に、賃金や退職金など労働者にとって最も重要な権利については、不利益変更するときによほどの合理性がないと認められません。

これを前提にすると、乙社が譲渡段階で安易に承継した従業員について、従前の甲社での賃金などの労働条件を引き継いてしまう場合、後にそれを切り下げる形で労働条件を統一することは非常に難しいといえます。

まとめ

スモールM&Aでは、株式譲渡や事業譲渡が選択されることが多いですが、この両者について売り手・買い手いずれの立場からも、基本的な内容や違いについて理解してくことが大切です。その際、従業員承継の手続きというのは、いずれの手段を取ることによって内容が変わってくるため、それぞれの留意点を理解しておくことが重要です。


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