サッカー元日本代表 羽生直剛氏から学ぶ!経営者としての意識・考え方の持ち方 | 後編
羽生直剛
サッカー元日本代表/
現起業家
1979:千葉県千葉市 生まれ(千葉県立八千代高校→筑波大学)
2002〜2007:ジェフ千葉
2008〜2016:FC東京 (2013:ヴァンフォーレ甲府)
2017〜2018:ジェフ千葉(現役引退)
2018〜 :FC東京(強化部スカウト担当,クラブナビゲーター)
2020〜 :「株式会社Ambition22」設立
<資格>
JFA公認B級コーチ / 中学・高校 教諭一種免許(教員免許)/ GALLUP認定 Strengths Coach
- 本シリーズは「前編」と「後編」があり、上記の動画は「後編」です。
前編は下記からご視聴ください。
今回は前回に引き続きサッカー元日本代表で現在経営者として活躍されている羽生直剛さんに来ていただいてます。前回はプロサッカー選手の時のオシム監督の話とか色々お話しいただきましたが、今回はセカンドキャリアとしてプロを引退した後に起業した経営者としての今後の展望も含めてお話を聞きたいと思います。まずは、セカンドキャリアとして引退後に起業した経緯を教えていただけますでしょうか?
セカンドキャリアとして引退後に起業した経緯
引退して2年間はFC東京のスカウト担当として優秀な高校生や大学生を見つけ出してクラブに入れるという仕事をやっていました。もちろん、クラブにとってスカウトは大事な仕事ではあるのですが、やっている内にこの仕事は僕にしかできないことなのかとか、オシム監督からの教え(チャレンジしろとか上を目指せという教え)を守れているのだろうかと迷い始めました。それで、もう少し自分の中でスケールの大きいことを目指したいなと思いはじめたのがきっかけで、40歳でスカウトを辞めて自分の会社を作りました。実家とか大学の友人からは「大丈夫か?」と心配されましたが、やってみて駄目だったら謝ればいいぐらいなノリでチャレンジしてみようと思いました。
企業した時に具体的にこんなことをやりたいとかはあったのですか?
結論から言うとありませんでした。
こういうことをやりたいから起業したのではなく、こういうことはやりたくないということをリストアップしていって消去法で選んでいったという感じです。
結局は自分の仕事の進め方が悪かったのですが、スカウトの仕事をしている時、自分が誇りを持っているチームに入ってもらうために高校生や大学生に頭を下げている自分にすごく違和感を感じていました。
そういったやりたくないことをやらなくてすむためには、もっとこういうことを学ばないといけないとか、もっとこういう人にならないといけないとか考えはじめるようになり、1年間ビジネススクールに通ったりもしながら徐々に起業してチャレンジしてみようと思うようになったという感じです。
こういうビジネスをやりたいというよりは、その当時、指導権を含めて業務委託の契約を結んでもらっていた企業が何社かあったので、その契約を保険ではないですがリスク管理として維持したまま会社を作って、そういった業務委託契約をまずは増やしていくという形でスタートしました。
それにはオシム監督から教わった人生観も影響しているのですか?
そうですね。僕が現役引退してスカウトしている時に一人でボスニアの家までオシムに会いに行ったんです。オシムからは「何で指導者にならないんだ?」と言われて、「負けず嫌いだから一番になりたいけど指導者としてオシム監督に敵う気がしないから。」とふざけて答えたら、鼻で笑われて「自分らしくやればいいだけだろ。」みたいに言ってくれました。「指導者にはあまり興味がなくて、会社を作って何かチャレンジしたい。」と言ったら、オシムが「もっと上を見ろ。空は果てしない。」と言ってくれて。それが僕には格言みたいに感じられて、それがきっかけとなってやってみようとの思いが強くなり起業しました。
すごいですね。「もっと上を見ろ。空は果てしない。」ってまるで漫画に出てきそうな素晴らしい言葉ですね。
現地のお医者さんを目指しながら日本語を勉強している女性の方に通訳をしてもらったのですが、その方も最後に「もっと上を見ろ。空は果てしない。」と言ってますと通訳してくれた時に、涙を浮かべながらすごい言葉だと言う感じで言ってくれたのが凄く印象的でした。働き方にジレンマを感じていた時に、「引退したんだからゆっくり休みなよ」という事を言われるのではなく、「行けよもっと」とオシム監督が言ってくれたので、よし「行ってみよう」という感じになれたと思います。
現在の事業内容
そういう形で起業されたということですが、現在、色々な事業を行っていると思いますがその内容を教えてください。
一つは元プロのサッカー選手だったことやFC東京などクラブとのコネクションといった僕の強みを生かした事業です。企業して3年ぐらいは社長兼個人事業主みたいな感じで進んできて、指導権やスポーツブランドを扱う企業などと業務委託契約を結ばせていただいていたのが少しずつ増えていった感じです。今は4期目なんですが3期目で契約先の企業が増えたこともあり、僕の会社にもアスリート社員として2人が入社し更に近々もう一人入社する予定です。そういった元アスリートのセカンドキャリアを支えたり、もう1回次の夢に向かって一緒に成長して形を作っていくとかそういうのができたらいいなと考えているのが1つ目の事業の軸ですね。
もう一つは、「ストレングスファインダー」の資格を活かした組織のチームビルディングの事業をやってみたくて、FC東京の社内とかでトライアルでやらせてもらったりしてました。その発展で「企業研修みたいなのを一緒に作りませんか?」っていう会社さんが現れてくれて、企業研修の事業を作り始めているところです。
「CLAT」というサッカーを使ってチームビルディングの研修をどっかに3日間ぐらい籠もってやっていると聞きましたが?
地元の千葉の鴨川というところに廃校を活用したすごく良いグランドがあるのですが、千葉県への恩返しもかねてそこを拠点にした、サッカーを通じてチームビルディングとオシム監督のリーダーシップを学べる企業研修みたいなものを作っています。
初心者も経験者も女性も色んな人がチームにいる状態で、チームの全員がボールに触ってからじゃないとゴールできないといった特殊なルールを設定し、どうやってそのルールを守りながら試合に勝つのか、みんなで戦術などを議論しながら進めていくというのをやっています。
では、一分ほど「CLAT」の紹介動画がありますのでご覧ください。
実際に研修が終わった後にどんなことが学べるのでしょうか?
「ストレングスファインダー」の要素も入れているので、自分やチームのメンバーの本質的な強みはどこにあるのかを見つけながら、個々の強みを掛け合わせたオシム監督のチームビルディングの方法を学べます。
例えば「慎重さ」という資質がありますが、行動力が高く前のめりな資質の人からはすごくネガティブに思われる時があります。でも、「慎重さ」を持ってるがゆえに、チームの行き過ぎた行動を諫めたりリスクを最小限に抑えたりする役割でチームに貢献することもあります。
そういう個々の強みがもつ意味の相互理解や、それらの強みを活かしたチームの作り方を、サッカーや座学を通じて学んでいきます。
実際にサッカーの練習をしながら「どうやったら全員がボールに触って得点を入れられるのか」という戦略も立てていく。そういった作業とビジネスシーンを重ねながら研修を進めていって、リーダーとしての行動や考え方も学んでいく感じです。
僕がオシム監督に「お前はそれでいいんだ。自分の強みを磨きなさい。」と言われて背中を押してくれたみたいに、来てくれた人達が自分の強みに気付きそれを活かして今後のキャリアで活躍していくことを後押しできるような研修になったらいいなと考えています。
組織を活性化させるような取り組みですね。
経営者の方だったりマネージャーの方だったりっていうのもいいかなと思いますし、同じ企業の中で部署単位で行ったりしても面白いかなと思います。体を動かしながらやる研修なのでトライアルでやった方たちは「本当に面白かった」と言ってくれています。オシム監督の考え方をベースにした研修なので、この研修を広めることで一般の企業のチームビルディングにも良い影響を与え、結果的にオシム監督の考え方や偉大さを語り継いでいける場にもなればいいなと思っています。
そんな羽生さんにオシム監督の印象に残った行動や教えを6つ挙げていただきました。
まず、一つ目ですけど、「◆今までの当たり前をぶち壊した。」今までの当たり前を疑って、変化を正解にしていく。ということですが、これにはどんなエピソードがありましたか?
オシム監督が来たことで、休みが3ヶ月無いとかスケジュール表が無いという状態になったのですが、当時のジェフにとってはあり得なかったことでした。最初はみんな反発し、特にベテランの選手は体壊れると不満を言い、当時の若手のキャプテンを通じてオシム監督に文句を言いに行かせました。その時、オシム監督はその若いキャプテンに対して1時間ぐらい次のようなことを語ったそうです。
「俺は監督としてこのチームが勝っていくために必要だと思うことをやっている。」「これで結果がでなかったら真っ先にクビになるのは監督である俺だ。」「だから俺が監督である間は俺が思ってるようにやらせてもらう。」
オシム監督は、当時のジェフの選手が現状に慣れて当たり前だと思っていたことを、本当にそうなのかと疑うことからはじめ、全部を覆してチームを新しく作っていった感じです。
次に、「◆選手一人一人をリスペクト。強みに目を向ける。」ということなんですが、これにはどんなエピソードがありますか?
当たり前を疑うというのと似てますが、僕に対して「みんなは羽生は身体が小さくて3年ぐらいで終わるって言ってるらしいけど俺はそうは思わないよ」とか「お前は良い選手だと思うよ。もっと頑張ればね」と声をかけてくれましたが、どんな選手にも目を向けて、この選手の強みは何なんだろうかとか、成長するためには何が必要かなどと考えてる人でした。試合にほとんど出ない人もきちんと見ていて「お前はこういうところがいいからもっと伸ばせ」とかそういう風に伝えてくれる。そういうところが根底にある人でした。当時のジェフに巻と言う大きくてがむしゃらに走りながら点を取って行くタイプのストライカーがいたのですが、メディアの取材に対して「巻はジダンになれないけどジダンにはないものを巻は持っている。」などと良く言っていました。よく考えれば当たり前の事を言っているだけなんですが、要は自分の強みは他人と比べるものじゃないということを言ってた人でした。
可能性を否定しないということですか。
そうですね。減点法ではなく加点法というか、この選手はここができないと見るのではなくて、常にこの選手は何が得意なんだろうなとかここが良いなと捉える人でした。
それはビジネスでも一緒ですね。組織の中で色々な人がいる中でその人をどう活かすか?ということが収益が上がるポイントだと思います。
経営者の方の中には、当社は優秀な人材が来なくて困ると言う人がいるのですが、オシム監督はそういう捉え方はせず、今いるメンバーでどうやれば試合に勝てるのかという考え方をする人でした。普通の監督は、1年目が終わると次の2年目に向けて補強に関して「点を取れる選手が欲しい」とか「守備で対人に強い選手が欲しい」とか色々と要望をあげることが多いのですが、オシム監督はそういうことを一切言わなかったそうです。あくまでクラブが獲得した選手と放出せずに残った選手とで、どうやって勝つチームにしようかと考える人だったので、良い人材がいないから勝てないという考え方ではなく、今いる選手を成長させてこうなれば勝てるチームになるというイメージを常に持っていたのだと思います。
続いては、「◆起こること全てをチーム単位で捉える。」そこに至るまでのプロセスを評価する。ということなんですが、これはいかがですか?
それで言うと、当時はオシム監督しか強調してなかったことなのですが、「ボールのない時にどう動くか」ということをすごく意識付けられました。
得点シーンに対して、普通は誰もが点を取った人がすごいと言うと思いますが、オシム監督はオーバーラップと言われる相手が嫌がる動きとか、周りの選手が相手チームの選手を意図的に動かすダミーの動きをした時などに「それがあるから今シュート打った選手に時間と空間が作られたんだ」ということを強調して言う人でした。シュートに至るまでの献身的な動きの積み重ねがあって結果的にゴールを取ることができたという褒め方をするので、たとえボールを受けてなくてもそれ以外の動きをすごく褒められていました。
逆に、明らかにキーパーのミスで失点したような時でも、「これはそもそも相手陣地で具体的なプレッシャーもないプレーをしてボールを失っているのは羽生な」と言われるんですね。「ここから始まっているんだよ」「だから羽生もこの失点の当事者だ」みたいに言われて。そこでまず羽生が奪われた。で、相手ボールになった。次の選手はなぜここに居たんだとか、なんでもっとキープができなかったんだとか、その後にサイドに展開されたら最後の選手はなんでこんなに簡単にクロスをあげさせたんだとなって。「もちろんキーパーのミスかもしれないけど、これだけのミスが続いたらそれは失点になるだろう」「これはキーパーのミスじゃなくてチームとしてのミスだ」「チームとしての失点なんだ」「それが始まってんのは羽生からだ」みたいなことをずっと言われます。全部チーム単位。誰が点を取ったとしてもそこまでに誰が何をしたかとか「その肝となったのはボールがないところでの動きだよね」というのを評価してくれる人だったんです。
全体を見てるって言うところとその中でも個人個人のプレーも全部見ている。俯瞰してみる目と細かいところにも注意がいく。そういう感じですかね。
サッカーは1試合90分の中で一人の選手がボールを持つ時間は何分か分かりますか?
10分ぐらいですか?
およそ2分なんです。逆に言うと、88分はボールを触っていない。オシム監督はそれを捉えているからこそ、ボールがないところでどれだけチームに貢献するプレーができるかという意識を高めたかったのではないかなと思っています。僕もビジネスをやっていく上で、一見この人が点を取っているように見えるが、実は陰で別の人が良いサポートをしたおかげじゃないのかというようなところまで見れるようにしたいと考えています。
後、これはスポーツの世界では珍しい考え方かなと思ったのですが、「◆エースストライカーに依存するのを嫌がった。」再現性がないと駄目だと。
当時、韓国代表のフォワードでジェフの全得点に絡むように思われていた絶対的なエースがいました。ただその人だけが守備を免除されるということをオシムは凄く嫌がりました。一人だけが点を取る仕事だけをすれば良いとしてその選手に依存してしまうと、怪我だったり出場停止だったり移籍だったりした時に点が取れなくなる。それを踏まえた中で1シーズン通して誰がいなくなっても点を取って試合に勝てるチームの形を築き上げるとか。2年後、3年後の未来を見据えたチーム作りをしないといけない。一人のフォワードを特別扱いしたことで短期的な利益になるかもしれないが、中長期では逆に利益をだしにくくなる。オシムはそういう考え方をしていたのではないかと思います。なので、「絶対的なエースが欲しい」とは言わず、組織的なプレーで再現性がある守備の崩し方とかを常にトレーニングして追求していました。
スポーツの世界では珍しいですよね。
そうですね。選手の時やスカウトの時に色んな監督を見ましたけど、点が取れるやつを連れてこいとか、一人で敵を抜いてフィニッシュまでやれちゃうやつはいないのかとか。オシム監督の考え方が逆に僕の当たり前になってるので、そんな考え方で良く監督なんてやってられるなという方は正直たくさんいました。オシム監督の方がむしろ稀な考え方をしていたのだと思います。
私もすごく思ったのは、ビジネスでも本当に全く同じだなと思っていて、社長がどんなにすごくても一部のスーパー営業マンが何人かいても、組織ってそれ以上大きくならないんですね。同じことが他の人でもできるように体制を整えていかないと組織の爆発的な成長や規模の拡大はできないと思うんです。再現性ってよく言われるのですが、その考え方をサッカーに取り入れてビジネス的な考え方が入っていることにすごく感銘を受けました。
それから、次ですね。「◆チャレンジを促す/意図あるミスには寛容」って初めて聞く言葉かなと思うんですけど。
前回、お話しさせてもらったように、オシム監督からは常に「言われたことだけをするのではなくアイディアを持って思ったことをリスクを恐れずどんどんやりなさい」ということを言われていましたし、逆に練習中に何も考えずに突っ立っていたりするとすごく注意されたりしていました。なので選手はみんなオシムから「お前は今、何でそのプレーを選んだ?」と聞かれた時に「こういう理由だから」と答えられるように、常にプレーに対して意図や考えを持つようになって行きました。自分のプレーに対して考えをきちんと説明できる選手やプレーに意図が見える選手には、オシムは何も言わずどんどんチャレンジさせてくれました。練習でも自由な発想やチャレンジを促すような設定で行われることが多かったので、チャレンジしようとしたことで発生したミスに関しては、オシムは元より選手同士も何も言わなくなり、むしろミスっぽいプレーでもチームとしてカバーして正解にしていくというマインドになっていきました。
最後、「◆パフォーマンスがチームの勝利につながっているかで判断」と「できないというのもプロ」というのはどういう意味でしょうか?
できないのにできるって嘘をつくなという話です。僕が現役の時にスタメンとして試合に出て、後半20分ぐらいに「羽生まだやれるのか?」って聞かれて「やれます」と答えてそのまま試合に出続けたことがありました。その時、「やれます」と答えた後で、僕のパフォーマンスが落ちてマークすべき選手にチャンスを作らせてしまいオシムが激怒したというエピソードがあります。僕としては、若かったので試合は90分間出て初めて評価されるものだと思っていたので「やれます」以外の答えは僕の中にはありませんでした。試合後にオシムからは、「仮にお前が残り20分で交代してもそこまで出し切ってることを俺は見ているからお前への評価は変わらない」「自分のコンディションも含めてチームとして勝つために何がベストかを考えなさい。」「だから『できない』と言うのもプロだ」という話をされました。
このことがあってから、チームが勝つためには僕がどこまでベストの状態で頑張れるかを常に意識するようになり、「まだできるか?」と聞かれた時に「後5分だけ頑張る」みたいな回答もできるようになりました。「できないと言うのもプロだ」という考え方は今の会社の経営でも大事にしています。
責任感とプロ意識につながるんですかね。そういったところからもオシム監督からは色々教わったということですね。
今回は2回に渡って羽生さんに来ていただいて、オシム監督から教わったこと、それからそれを実行して経営者として事業を展開してこれからの展望などいろいろお聞きしましたけれども、改めて私自身もすごく勉強になりました。私もオシム監督には色々教わりたいなと感じました。今回は本当にありがとうございました
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