若手が育たない原因は「幼児性」かもしれない──怒る教育を卒業し、育成できる組織をつくる管理職の条件
若手が育たない原因は「幼児性」かもしれない──怒る教育を卒業し、育成できる組織をつくる管理職の条件
若手が「言われたことしかしない」「すぐに拗ねる」「誰かのせいにする」。注意やフィードバックをしたいのに、ハラスメントが怖くて踏み込めない。結果として、現場は疲弊し、チームの空気が悪くなり、育成もうまく回らない。多くの管理職が、このジレンマの中にいます。
こうした状況を読み解くキーワードとして重要なのが、従業員の「幼児性」改善です。幼児性とは、例えば、下記のような考え方・行動です。
- 人のせいにする。他責。
- 自分は正しい。
- 社会が間違っている。
- 愚痴を言う。陰口を言う。
- 謝れない。言い訳する。
そして重要なのは、幼児性は「直せる」という前提に立つことです。若手が未熟に見えるのは、資質の問題というより、教育が未整備で「大人になるための機会」が不足している可能性が高い。つまり、管理職がやるべきことは、若手を裁くことではなく、育成を成立させる条件を整えることです。
この記事では、教育テーマへの伏線としての幼児性の捉え方、幼児性が「直せる」理由、そして怒る教育の限界と、育成できる会社に必要な条件を、管理職向けにわかりやすく整理します。若手育成を「個人の根性論」や「上司の腕前」だけで抱え込まず、組織として再現性ある形に変えていくための視点として活用してください。
教育テーマへの伏線としての「幼児性」
育成が止まると、組織のストレスは増える
多くの現場で、ストレスの主因は人間関係です。人間関係の摩擦が増えると、仕事の難易度が上がり、パフォーマンスも落ち、さらに相互不信が進む。育成がうまくいかない組織ほど、こうした悪循環に入りやすくなります。
ここで幼児性という軸が効いてきます。幼児性が高い状態とは、たとえば次のような傾向が強い状態です。自己中心的で協力意識が薄い、将来を考えず計画性が弱い、他責傾向が強く自己改善を望まない。こうした状態のメンバーが増えると、会議は噛み合わず、注意は反発に変わり、指示は形骸化し、結果として現場が消耗します。管理職が感じている「育成しにくさ」は、個人能力の問題ではなく、組織の前提条件が崩れているサインかもしれません。
また、この問題は若手だけの話ではありません。年齢を重ねても幼児性が残っているケースは珍しくなく、むしろ影響が大きくなりがちです。立場が上がるほど周囲への波及も強く、組織の空気そのものを悪くすることがある。管理職にとって幼児性は「若手の扱いにくさ」ではなく、組織全体の生産性・定着・雰囲気に直結する経営課題として捉える必要があります。
ここまで整理すると、幼児性の話が「教育テーマ(若手教育)」へ接続していくのは自然です。育成とは、業務知識やスキルを教えるだけではなく、仕事人としての姿勢や、組織で成果を出すための前提を整える営みだからです。
幼児性は「直せる」
課題は人格ではなく、教育手法が“未整備”なこと
幼児性は直せます。ここが最重要ポイントです。幼児性を「性格」や「資質」と決めつけてしまうと、管理職の選択肢は一気に狭まります。「この子はこういうタイプだから」と諦めるか、「厳しく叩き直す」か。どちらも再現性が低く、現場の負荷が上がります。
幼児性を“精神年齢の停滞”と捉えると、話は変わります。大人になるプロセスのどこかで、必要なフィードバックや学習機会が不足しているだけなら、適切な教育で改善が可能です。実際、若手が未熟な言動を続ける背景には、「指摘してくれる大人がいない」「教え方がわからず放置されている」といった構造があることが多い。
では、なぜ教育が止まるのか。理由の一つは、ハラスメントへの恐れです。今の時代、言い方を一歩誤るとトラブルになり得る。だから管理職は慎重になります。しかし、問題は「言えない」ことそのものではなく、「どう伝えれば育成になるのか」という方法が共有されていないことにあります。教育手法を知らないまま若手に向き合うと、現場は二択に追い込まれます。
- 何も言わない(見て見ぬふりをする)
- 感情的に怒る(その場を収める)
そして後者が続くと、育成は破綻しやすくなります。怒りは、教育手法の代替にはならないからです。必要なのは「教育者としての心」です。部下を育てるのは単純な指導スキルではなく、コミュニケーション全体が“教育者の心”を通っているかどうかで結果が変わります。戦略を語るときも、目標を語るときも、ダメなところを指摘するときも、「この人を成長させるために話している」という姿勢と設計が必要になります。
ここで管理職が捉え直すべきなのは、教育の定義です。「業務を教えるのが教育」だと思いがちですが、それだけでは不十分です。組織で働く以上、仕事人としての姿勢、責任感、協働意識、他者視点、改善意識といった“土台”がなければ、いくら業務スキルを教えても伸びません。管理職が担う教育とは、こうした土台をつくる役割でもあります。
怒る教育の限界
「怒り」は育成装置にならない(むしろ組織を弱くする)
怒ること自体が常に悪、という話ではありません。問題は、怒りが“教育手法の代替”になってしまうことです。教育の方法を知らないまま若手に向き合うと、結局「怒ることが基本」になりやすい。しかし怒りは、再現性ある育成装置ではありません。短期的には従わせられても、長期では副作用が大きい。
まず、若手が「学び」ではなく「回避」を覚えます。叱責されるくらいなら、報連相を遅らせる、ミスを隠す、挑戦を避ける。結果、現場の品質は下がり、成長機会も失われます。次に、管理職側も疲弊します。怒り続けることは精神的コストが高く、周囲との関係も悪化します。さらに、外部の目がある場面で怒ると、会社や上司への信頼まで毀損します。若手の問題行動を正したつもりが、組織全体の信用を削る結果になることもあります。
加えて、怒る教育は「厳しさ=強さ」と誤解されやすいのも危険です。昭和型の価値観では「怒られて覚える」文化が機能した場面もありました。しかし、今は労働市場も価値観も変わっています。怒りで押さえつけることは、採用難・離職増の時代に組織の体力を削りやすい。厳しさの方向性を誤ると、強くなるどころか弱くなります。
では、どうすればよいのか。鍵は「教育者として語る」ことです。教育者としての心があると、言葉の選び方が変わります。相手をねじ伏せるためではなく、成長に向かわせるために伝える。ここがブレないと、指摘は人格攻撃に見え、反発を生みます。逆にここが明確なら、同じ内容でも「期待」や「支援」として受け取られやすくなります。
育成できる会社の条件
「個人技」ではなく、組織の仕組みとして育成を回す
幼児性を直せるかどうかは、結局「会社が育成できるかどうか」に直結します。育成できる会社には、少なくとも次の3つの条件が必要です。管理職がここを押さえると、育成はぐっと安定します。
役割・目的・ルールを“定義”して、現場の正義を揃える
組織の衝突が起きるのは、目的や役割、ルール、考え方が不明確で、各自が自分の正義でバラバラに働くからです。ここが曖昧なまま育成だけ頑張ると、管理職が毎回“判決”を下すことになり、疲弊します。先に定義を揃えることで、指導やフィードバックが「個人の好き嫌い」ではなく「組織の約束」に基づくものになります。これがあるだけで、注意の通りやすさが変わります。
“基礎教育+現場指導”をセットで回す
定義を示すだけでは動かないこともあります。だからこそ、基礎教育(共通言語・共通理解づくり)と、現場指導(行動化・習慣化)のセットが必要です。研修で「きっかけと衝撃」を与え、現場教育で仕上げる。この二段構えが、育成を継続可能にします。
管理職の実務に落とすなら、研修で作った共通言語を、1on1、OJT、会議運営、評価フィードバックなど日常導線に組み込むことです。「研修は良かったね」で終わらせず、翌週からの行動に接続する。ここを設計できる会社ほど、育成が回ります。
“上司だけで育てない”──部署全体で育てる(斜めの指導)
育成が属人化すると、上司の力量差で結果がブレます。そこで重要なのが、「指導員だけが育てるのではなく、部署全体で育てる」という発想です。さらに、上司―部下の縦の関係だけでなく、斜めの位置(先輩、他チームのリーダー、横断のメンターなど)からの指導は、驚くほど効果的なことがあります。上司が言うと反発する内容でも、別の立場からの一言だと素直に入る。育成を“関係性の詰まり”で止めないために、斜めの支援線を意図的に作るのがポイントです。
管理職が今日からできる「幼児性」対応の実践
感情ではなく、育成の設計で勝つ
最後に、管理職が現場で実行しやすい形で、実践のコツをまとめます。キーワードは「教育者として語る」です。
まず、注意や指摘の目的を「矯正」ではなく「成長」に置き直してください。相手を正すために言うのではなく、相手が仕事人として自立するために言う。その前提が揃うだけで、言葉のトーンも選び方も変わります。
次に、「怒る」前に、定義を一つ置きます。たとえば、遅刻や報連相の遅れ、期限超過など、問題行動の指導では“会社としての当たり前”を明確にしてから入る。定義がない状態で注意すると、相手は「人格攻撃」と受け取りやすい。定義があれば、相手は「約束違反」として受け止めやすい。これは、ハラスメントリスクを下げる意味でも有効です。
さらに、育成は上司一人で抱えない。部署全体で育てる設計にし、斜めの指導線を作る。具体的には、若手の相談役を複数にする、レビュー担当を固定しない、オンボーディングの一部を他メンバーが担う、などです。上司が“悪者”になる構造を避けられます。
そして最後に、管理職自身が「人は育つ」前提を置き続けること。ここが崩れると、現場は一気に短期志向になります。注意は叱責になり、会話は命令になり、若手は縮こまり、ますます幼児性が強化される。だからこそ管理職は、育成を“技術”として捉え、チームで再現できる形に落としていく必要があります。
まとめ:幼児性は「現象」であり、管理職の仕事は「育てる」こと
若手が育たない、組織がまとまらない、注意が難しい。こうした悩みを、個人の資質や世代論だけで片付けると、現場は消耗し続けます。
しかし、幼児性という現象を「直せるもの」と捉え、教育手法と仕組みで向き合えば、状況は変えられます。怒る教育の限界を超える鍵は、管理職が“教育者の心”で語り、定義と教育をセットで回し、部署全体で育てる設計を持つことです。
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